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「ノルウェイの森」である種のショックを受け、ちょっと若かりし頃の自分の感性を再確認したくなって手に取ってみた「風の歌を聴け」で自分の変化に戸惑い、そしてもうちょっと「自分」を確認してみたくなって読み進めてみたのがこの作品です。

1973年のピンボール
著:村上春樹  講談社文庫

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さようなら、3フリッパーのスペースシップ。  さようなら、ジェイズ・バー。  双子の姉妹との「僕」の日々。  女の温もりに沈む「鼠」の渇き。  やがて来る一つの季節の終り ― デビュー作『風の歌を聴け』で爽やかに80年代の文学を拓いた旗手が、ほろ苦い青春を描く三部作のうち、大いなる予感に満ちた第二弾。  (文庫本裏表紙より転載)

前作の「風の歌を聴け」が物語と呼ぶよりはかなり散文詩的だったのに対し、かなり物語的に変貌しているのがこの第2作です。  でも扱っている空気・・・・というか風潮みたいなものはどちらも共通していると思います。  自分固有の世界観(ものさし)が世の中の趨勢からしてみるとあまりにも「取るに足らないもの」であることに苛立ち、反面そのような独自のスタイルを持たなくても生きてしまえることのできる「生」をイージーなものと捉えるある種の絶望、でもそんなものは「生」とは呼べないんじゃないかと疑問を抱き続けざるを得ない消すことのできない違和感。  そんなものが「春樹節」とでも呼ぶべき一種独特の筆致で描かれた物語だと思います。

この2作目を再読してみてようやく、前作の Review でも書いた KiKi の感想

初めて村上作品に出会ったのは KiKi 自身が「まだナニモノにもなっていなかった時代」だったし、「ひとかどのモンにはなれそうにないことを骨身にしみて自覚し始めていた時代」だったし、「KiKi とはまったく関わりのないところで世の中は動いていると否応なく思い知らされていた時代」だったから、その虚無感みたいなものにストレートに感電することができたように思うんですよね。

が正しい認識だったことを確認できたように思います。  ある意味で80年代って、そしてその時代に「モラトリアム」していられた世代にとっては特に、イージーな時代だったと思うんですよね。  景気は良かったし、物には不自由していなかったし、就職だって売り手市場(除く女子大生)だったし・・・・・。  そんな中で浮かれていてもそこそこ生きていけちゃったりもしたわけだけど、心ある者は胸の中のどこかで

「世の中、そんなに甘いもんじゃないんじゃないか??」

という燻るような懐疑心を抱いていたように思います。  ただ、その懐疑心は深まりも長続きもしなかった・・・・・そんな時代だったように思うんですよね~。  (それともこれは KiKi だけだったのかなぁ??)


風の歌を聴け 村上春樹

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先日、ベストセラーだった「ノルウェイの森」を読了し、どうにもこうにも気に入らなかった KiKi。  あれ?  村上春樹ってこんなんだっけ??  昔(学生時代)、嵌ったはずのこの人の作品がこうまで鼻につくのはどうしてなんだろう??  あの頃の KiKi の感覚が今とはあまりにも違っているのか、はたまた村上春樹氏の方が変わったのか??  その答えが知りたくて、○0年ぶりぐらいにこちらを読んでみることにしました。

風の歌を聴け
著:村上春樹  講談社文庫

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1970年の夏、海辺の街に帰省した「僕」は、友人の「鼠」とビールを飲み、介抱した女の子と親しくなって、退屈な時を送る。  2人それぞれの愛の屈託をさりげなく受け止めてやるうちに、「僕」の夏はものうく、ほろ苦く過ぎ去っていく。  青春の一片を乾いた軽快なタッチで捉えた出色のデビュー作。  群像新人賞受賞。  (文庫本裏表紙より転載)

結論からすると、村上春樹氏はほとんど変わっていなくて大きく変わってしまったのは KiKi の方だったようです。  そして、この KiKi の変化は「いい・悪い」は別として村上氏のどこか冷めた傍観者的な社会への視線に対し、学生時代ならいざ知らず、今の KiKi は人間社会の中にどっぷりつかって、そこで何等かのコミットメントを結びながら生きてきた年月の積み重ねでできているようなところがあるわけで、そのスタンスというか、立ち位置の違いにあるように感じました。

初めて村上作品に出会ったのは KiKi 自身が「まだナニモノにもなっていなかった時代」だったし、「ひとかどのモンにはなれそうにないことを骨身にしみて自覚し始めていた時代」だったし、「KiKi とはまったく関わりのないところで世の中は動いていると否応なく思い知らされていた時代」だったから、その虚無感みたいなものにストレートに感電することができたように思うんですよね。

と同時に、KiKi 自身も英米文学部に在籍し、村上春樹氏が好む「カポーティ」、「チャンドラー」、「フィッツジェラルド」、「カーヴァー」といった作家の作品に出会い、それまで読んできた文学とはちょっと違う香りのする文学にちょっと酔わされちゃっていた時代だったことも無関係ではなかったように思います。  

今この物語を「ねじまき鳥」や「ノルウェイ」を読了した後に読み返してみると、それらの作品のモチーフとなっている出来事、感覚、といったものは既にここに出ていることに驚かされました。  学生時代にこの作品は何度も何度も読み返していたはずなのに、先日「ねじまき鳥」や「ノルウェイ」を読んでみた時は思い出しもしなかったことにもかなりビックリしました。  

なぜ、それらの読中にこの作品のことを思い出さなかったのか?を考えてみると、要するにこの物語はある意味でサティの音楽にきわめてよく似ていて、「環境文学」というか「時代の空気を読む文学」ではあったものの、それ以外は自分に何も残さなかった文学だったんだということがわかります。  

村上春樹氏のノーベル文学賞候補報道に乗せられ、久々に村上春樹本に手を出している KiKi です。  そんな春樹本の中で発刊と同時に手を出さないことに決め、ついでにそれまで持っていた春樹本を一挙に処分した思い出(?)の作品を読了しました。

ノルウェイの森 (上)(下)
著:村上春樹  講談社文庫

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暗く重たい雨雲をくぐり抜け、飛行機がハンブルク空港に着陸すると、天井のスピーカーから小さな音でビートルズの『ノルウェイの森』が流れ出した。  僕は一九六九年、もうすぐ二十歳になろうとする秋のできごとを思い出し、激しく混乱し、動揺していた。  限りない喪失と再生を描き新境地を拓いた長編小説。  (文庫本裏表紙より転載)

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あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること、あらゆる物事と自分の間にしかるべき距離を置くこと―。  あたらしい僕の大学生活はこうしてはじまった。  自殺した親友キズキ、その恋人の直子、同じ学部の緑。  等身大の人物を登場させ、心の震えや感動、そして哀しみを淡々とせつないまでに描いた作品。  (文庫本裏表紙より転載)

う~ん、正直なところ、これ、一体全体どういう物語なのかさっぱりわかりませんでした。  これがバカ売れした理由も KiKi には見当もつきません。  「ねじまき鳥」の方は読んでいてまだ「ある種の感覚」が揺さぶられるような気がしたけれど、こっちは何だかスポーツ新聞とか男性週刊誌に載っている KiKi があんまり評価しない「官能小説」とどっこいどっこいという印象でした。

「性」を扱うのは構わないし(それで顔を赤くしちゃうほど初心ではない)、ある程度露骨な性描写があってもそんなのには動じない程度には成熟(?)している自負のある KiKi だけど、この物語のそれは正直なところ不快感以上のものを感じることはありませんでした。  

そんな描写が多い中にクラシック音楽やら60年代~80年代の洋楽ヒットチャートみたいな音楽の話が出てくるのも、何気に許せない(苦笑)  この物語に出てくる様々な音楽のうち半分ぐらいは KiKi 個人にとっても何等かの思い出と密接に関わっている音楽であるということもあって、何だか KiKi の思い出まで冒涜されたような気分になってしまいました。

先日、吾妻郡図書館から借り出してきた5冊のうち、最後の1冊をようやく読了しました。

ねじまき鳥クロニクル 第3部 鳥刺し男編
著:村上春樹  新潮文庫

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僕の考えていることが本当に正しいかどうか、わからない。  でもこの場所にいる僕はそれに勝たなくてはならない。  これは僕にとっての戦争なのだ。  「今度はどこにも逃げないよ」と僕はクミコに言った。  「僕は君を連れて帰る」僕はグラスを下に置き、毛糸の帽子を頭にかぶり、脚にはさんでいたバットを手に取った。  そしてゆっくりとドアに向かった。  (本文より)  (文庫本裏表紙より転載)

いやはや長い物語でした。  そこかしこに何かしら感じるものはあったものの、全体としてみると結局よくわかんない物語でした(苦笑)

何となく・・・・・ではあるんですけど、話を広げすぎちゃっている印象を持ちました。  KiKi の知っていた「個人を突き詰め、その精神世界をどんどん深堀り(もしくは浮彫)にしていく」物語の顔を取りつつも、どんどん世界を横(半径、距離)にも縦(時間軸)にも広げすぎちゃっていて、どこか散漫な感じです。

印象的だったのは第2部の Review で KiKi は

「何になりたいかではなく何をするか?」 「何をするかではなく何をしなかったのか?」 結局、人間が行き着くところはそんな禅問答みたいなところなんじゃないかと、この物語を読んでいて強く感じました。

と書いたわけだけど、まるでそれに反論するかのようにこの第3部で村上氏が

何をしたかではなくて、何をしたはずかなのだ。

と書いていることで、ここを読んだとき思わず、「あ、そっち??」と思ってしまいました(苦笑)

このエントリーは実際には11月1日に書いているのですが、エントリー日付としては10月31日としています。  その理由はたいしたもんじゃなくて、11月1日付では恒例の「先月の読書のまとめエントリー」を書かなくちゃいけないこと、実際の10月31日は紅葉見物に出かけたため、エントリーが書けなかったので空いちゃっていること・・・・・によるんですけどね(苦笑)  いずれにしろ、こちらを読了したのは10月31日だったので、ま、こういうインチキ(日付操作)も許されるかな・・・・と。  てなわけで、10月31日の KiKi の読了本はこちらです。

ねじまき鳥クロニクル 第2部 予言する鳥
著:村上春樹  新潮文庫

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「今はまちがった時間です。  あなたは今ここにいてはいけないのです」 しかし綿谷ノボルによってもたらされた深い切り傷のような痛みが僕を追いたてた。  僕は手をのばして彼を押し退けた。  「あなたのためです」 と顔のない男は僕の背後から言った。  「そこから先に進むと、もうあとに戻ることはできません。  それでもいいのですか?」  (本文より)  (文庫本裏表紙より転載)

物語と直接関係はないけれど、この小説の副題(?)から受ける KiKi のイメージについてちょっと触れておきたいと思います。  第1部の副題が「泥棒かささぎ編」、第2部の副題が「予言の鳥編」、そして第3部が「鳥刺し男編」です。  これってクラシック音楽好きの人なら見ただけでイメージするのが「ロッシーニの歌劇 どろぼうかささぎ」、「シューマンのピアノ組曲 森の情景の第7曲」、そして「モーツァルトの歌劇 魔笛」だと思うんですよね。

でね、これらの曲名(もしくは作曲家名)から KiKi がイメージするものはちょっと言葉がきついかもしれないけど、「耳触りの良さ、どこか淡白で表層的であんまり心に残らない」、「暗くて寒い森の中で迷子になっちゃった心細さ、不安、混乱、正気と狂気紙一重」、「よくわからない存在ながらハッピーエンドでよかったよかったのパパゲーノ」っていう感じでしょうか?  

で、そのイメージを持ちながら読んでいるせいか、この小説の構造が実にこれ(↑)とマッチしている感じがしちゃうんですよね~。  (第3部はまだわからないけど・・・・ ^^;)  第1部の Review エントリーで書いた「この雑多な混沌こそ村上ワールドだなぁ・・・・・と。  要するにどこか受動的というか、傍観者的というか、主体性がないというか・・・・・。」はまさにロッシーニの音楽にも通じるように感じられるんですよね~。   

先日、このエントリーで予告した「図書館通い再開」の最大の原因をお話するタイミングがやってまいりました。  ま、もったいつけるようなお話でもないんだけど、それはこの度残念ながら(?)「ノーベル文学賞」を逃してしまった村上春樹さんの著作を可能な限り読んでみようと思いたったから・・・・・なんですよね~。

実は KiKi は大学時代はちょっとした村上春樹ファンでした。  田舎からぽっと出てきた冴えない女子大生だった KiKi にとって村上春樹さんの小説っていうのは、どこかくすぐられるものがあったんですよね~。  自分が何者なのかがよくわからず、その実態が何なのかよくわからないながらも持ち合わせていたある種の自尊心との狭間の中で、彼の書く言葉はどこか近しく、どこか眩しく、そしてどこか深く感じ入るものがありました。

社会人になって2~3年ぐらいの間、KiKi は学生時代から1冊ずつ揃えていた村上作品(翻訳ものを含む)の文庫本を大切に大切にマンションの本棚に並べていました。  そして折に触れそれを取り出してはパラッと開いた頁に紡がれている言葉を味わったり、きちんと再読したりということを繰り返していました。

そんな KiKi が村上作品の読書をパタリとやめ、ついでにそれまで大切にしてあった文庫本を一気に自宅近くの古本屋(当時はブックオフはなかった)に持ち込んで処分してしまおうという衝動に駆られ、実際にその行動に及んでしまったのは「ノルウェイの森」の発刊とほぼ時期を同じくしていました。  どうしてそんな衝動にかられたのか?を今思い返してみると大きく分けて2つの要因があったように思います。

1) もともと天邪鬼の気がある KiKi は「ベストセラー」という言葉にある種の嫌悪感に近い感情を持っています。  そしてマスコミが「ノルウェイの森」をとりあげる度に、自分ではよくわからない反発心のようなもの・・・・・を覚え、「ノルウェイの森だけは絶対に読むまい!」 → 「自宅にある村上本も、そろそろ卒業しようか?」 → 「ええい! この際全部処分しちゃえ!!」というプロセスを経て売却に至った。

2) それまでの作品で KiKi が感じていた村上ワールドのキーワードは「個人主義」、「アイデンティティの模索」、「社会通念とは相容れない個性」、「都会的な孤独」みたいなものだったんだけど、それって学生時代ならいざ知らず社会人、それも組織人としてはある意味で邪魔な感性なんじゃないか?と思い始めていた。

ということだったんですよね。  あ、念のために言っておくと上記の2)はこれが正しいかどうかはともかくとして、KiKi のアンテナに引っかかっていたキーワードっていう意味です。  

学生時代には概念的な世界に身を浸すのも結構、自我が確立される過程で自分の深淵を覗きこむのも結構、でも社会人となったらそうそう「自分、自分」とは言っていられない・・・・・。  「他の中の己」、「社会との関係性の中の自分」、「自分の果たすべき役割」みたいなものに拘らなくちゃいけないんじゃないか??  彼の扱う小説の題材は良くも悪くも「見逃しがちな小市民の個視点の小宇宙」というイメージで、それって深く考えているようでいて実は概念を弄繰り回しているだけなんじゃないか??  そんな風に感じちゃったんですよね~。

それが悪いと言いたいわけじゃないんです。  でも、ただでさえそっち方向には思考が向きがちな自分が敢えてそっちばかりに目を向けるような読書生活を送っていたら、KiKi 自身は社会に、組織に、そして他人に何ら能動的な関係性を築けない人間になってしまうんじゃないか??  そんな本能的な危機感みたいなものを抱いちゃったんですよ。

ま、てなわけで、それ以来どんなにバカ売れしていようが、村上作品とは距離を置いた生活をしてきた KiKi なんですけど、最近になってまた「久々に村上作品を読んでみてもいいかもしれない・・・・・」と思い始めたんです。  これは、今現在、KiKi が会社員生活をしていないことと関係があるかもしれないし、会社員時代にかなりディープな「社会的に責任ある立場」を経験してきたことによるある種の精神的余裕のせいかもしれません。  そこへここへきての彼の「ノーベル文学賞候補報道」です。

KiKi の個人的な感覚からすると KiKi が知っている彼の作品はノーベル文学賞に相応しい作品とはあんまり思えないんだけど、KiKi が見ないふりをしている間に何かが大きく変わったのかもしれないし、ここらでいっちょ読んでみようかな・・・・と。  でも、「一度は大々的に処分しちゃった本たち」なわけで、買うのはちょっと癪に障る・・・・・(苦笑)  ま、てなわけで、手っ取り早い所で図書館本ですませてみようかな・・・・・と。

とまあ、まえがきが長くなっちゃったんですけど、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

ねじまき鳥クロニクル 第1部 泥棒かささぎ
著:村上春樹  新潮文庫

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「人が死ぬのって、素敵よね」  彼女は僕のすぐ耳もとでしゃべっていたので、その言葉はあたたかい湿った息と一緒に僕の体内にそっともぐりこんできた。  「どうして?」と僕は訊いた。  娘はまるで封をするように僕の唇の上に指を一本置いた。  「質問はしないで」と彼女は言った。  「それから目も開けないでね。  わかった?」僕は彼女の声と同じくらい小さくうなずいた。  (本文より)  (文庫本裏表紙より転載)

久々の村上作品をこの「ねじまき鳥クロニクル」にしたのは、特にこれといった意味はなく、たまたま吾妻郡図書館に文庫本で全巻揃っていたのがこの作品だったからです。  でもまあ、ある意味でかつて「話題騒然」だった作品からスタートするのも悪くないかな・・・・・と思ったのは事実ですけどね。


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