光文社古典新訳文庫の最近のブログ記事

「学生時代を懐かしんで - あの名作を光文社古典新訳文庫でもう一度企画」 推進中です。  今日はシェイクスピアの喜劇として位置づけられている「ヴェニスの商人」です。

ヴェニスの商人
著:W.シェイクスピア 訳:安西徹雄  光文社古典新訳文庫

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裕福な貴婦人ポーシャへの恋に悩む友人のため、貿易商アントニオはユダヤ人高利貸しのシャイロックから借金をしてしまう。  担保は自身の肉1ポンド。  商船が難破し全財産を失ったアントニオに、シャイロックはあくまでも証文どおりでの返済を迫るのだが...。  (文庫本裏表紙より転載)

この物語も抄訳本ではあるものの、子供時代に最初に出会いました。  当時の KiKi がしていた大きな勘違いが2つあって、その1つは「ヴェニスの商人」≒「高利貸しのシャイロック」と思い込んでいたんですよね。  そしてもう1つの大きな勘違い(というよりこれはシェイクスピア自身がそういう役回りを与えているという側面もある)が、シャイロックを文字通り「冷酷無比・極悪非道人」と思い込んでいたということがあげられます。

そして大学生になってこの物語を全訳本で再読した際に初めて、最初の勘違い「ヴェニスの商人」≒「高利貸しのシャイロック」が間違いであったことに気が付きました。  タイトル・ロールはやたらと印象深いこの悪役ではなく、物語の中では自分の胸部の肉を担保に借金をしちゃったな~んていうショッキングな設定が与えられている割にはなぜか存在感の薄いアントニオだったんですよね~。

物語のプロットとしてはこのアントニオ、あんなとんでもない契約をしたばっかりに、そして事業の失敗という運の悪さ(後、それが誤った情報であることが伝えられる)も手伝ってあわや・・・・という状況に陥るわけですが、逆に言えばそれだけの存在とも言えるわけであまりにも存在感のあるシャイロックと比較すると影が薄いとしか言いようがありません。  

それに対して物語全体を動かしているのはシャイロックからアントニオが借りた金を又借りした格好になっているバッサーニオとその借金の原因とも言えるポーシャのコンビ、そして悪役のシャイロックであることは明白です。  にも関わらずこの物語、どうしてタイトルが「ヴェニスの商人」なんでしょうか??  実はコレ、KiKi の長年の疑問なんです(苦笑)

  

この物語と KiKi の初の出会いは小学校高学年の頃でした。  その頃は全文は読んでいなくて、道徳の時間(ってイマドキはそんな授業さえないらしいけど)か何かにブルータスの演説とアントニーの演説の場面だけを読んで、どんなことを感じたかをクラスで話し合ったことを覚えています。  そんな物語を今回久々に再読してみました。

ジュリアス・シーザー
著:W.シェイクスピア 訳:安西徹雄  光文社古典新訳文庫

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シーザーが帰ってきた!  凱旋する英雄を歓呼の声で迎えるローマ市民たち。  だが群集のなかには、彼の強大な権力に警戒心を抱く、キャシアス、フレヴィアスらの姿があった。  反感は、暗殺計画の陰謀へとふくらむ。  担ぎ出されたのは人徳あるブルータス。  そして占い師の不吉な予言・・・・。  (文庫本裏表紙より転載)

振り返ってみれば、KiKi がこのブログの中で何度も言及している

正義とは立場が変われば変わるもの

という考え方の原点にあったのはこの物語だったように思います。  もちろんこの物語を読んだ初期の頃(要するにお子ちゃま時代の KiKi)はまだそこまで確たる想いは抱いていなかったんですけど、この物語の白眉とでも言うべきあのブルータスとアントニーの演説の場面にはそれが色濃く出ていると思います。

と同時に、一般大衆というものは「英雄」や「強いリーダー」を求めがちであり、盲目的にある個人や思想を崇拝しがちで、それに相容れない者との軋轢はいつの世にもありうるものだなぁ・・・・と。  「英雄」・「強いリーダー」に相容れない者の背景にあるのは「嫉妬」だったり「信念」だったりするわけだけど、それを大衆にアピールする際にまこと便利に使われるのが「正義」という一見もっともそうなその実得体の知れない概念であるというのは人間というしょうもない生き物が先天的に持っている「他力本願思考」の証左なのかもしれません。

KiKi はね、初めてこの物語(というよりあの2名の演説シーン)を読んだとき、あまりにも変わり身の早い民衆の姿に憤りに近いものを感じたんです。  と同時に恐怖心も。  でもね、もしも自分があの場所にいたとして、「大衆と一緒にならずに自分なりの判断ができる自信を持っているか?」と問われれば全く心許ないことにも気が付きました。  1つには煽動された大衆の力に対する恐怖もあるけれど、それ以前の問題として「自分なりの判断を下す価値観」みたいなものを自分が未だに持っていないことを知っていたからです。  何と言っても小学生の頃のお話ですから・・・・・。

そしてその頃思ったのです。  そんな「自分なりの判断を下す価値観」を持つには自分はまだ知らないことが多すぎる・・・・・と。  大人になるまでに多くを学んでそんな「価値観」、その言葉が大仰に過ぎるなら「価値観の軸になる羅針盤」を持てるようになろう・・・・・と。

  

リア王 W.シェイクスピア

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たまたま「高慢と偏見」、そして「嵐が丘」と大学時代以来の物語を読み進めた光文社古典新訳文庫。  そうなると勢い「学生時代を懐かしんで - あの名作を光文社古典新訳文庫でもう一度企画」なんぞという新しいテーマが頭をよぎります。  もっともこれ、実際にやろうとすると「シェイクスピア」から始まって「J.キーツ」、「T.ウィリアムズ」、「G.グリーン」、「T.ハーディ」、「J.コンラッド」とどんどん際限がなくなっていってしまううえに、肝心要の光文社古典新訳文庫には網羅されていない作品にまで広がっていっちゃうんですよね~(苦笑)  ま、先のことはともかく、まずは光文社古典新訳文庫に入っている物から片付けることにしましょう。  てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

リア王
著:W.シェイクスピア 訳:安西徹雄  光文社古典新訳文庫

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とつぜん引退を宣言したリア王は、誰が王国継承にふさわしいか、娘たちの愛情をテストする。  しかし結果はすべて、王の希望を打ち砕くものだった。  最愛の三女コーディリアにまで裏切られたと思い込んだ王は、疑心暗鬼の果てに、心を深く病み、荒野をさまよう姿となる。  (文庫本裏表紙より転載)

この作品、KiKi はこれが何度目の読書か、正直なところよく覚えていません。  もちろん原典も学生時代には読んだし、福田恆存の訳本(当時のスタンダード)でも読んだし、当時注目を集め始めていた小田島雄志の訳本でも読んでいます。  もっとも今回の読書でそれらを比較検討できるほどには記憶に残っているわけじゃないんですけどね(苦笑)

ただ漠然と覚えているのは「福田訳」がかなり詩的だったのに対し「小田島訳」はかなり口語調になっていたことと、それと比較しても今回の「安西訳」はそれに輪をかけて言葉としてひっかかるところがなかったこと・・・・・ぐらいでしょうか??  スンナリと目や耳に入ってくるというのはある意味では「わかりやすさ」に通じて素晴らしいことだと感じるのも事実なんですけど、逆に言えば特に読書の場合、「あれ?」と思って読み返して咀嚼するというプロセスがなくなってしまうため、その分読み飛ばしてしまうリスクがあるなぁと感じました。

シェイクスピアが書く言葉には物事を2面からとらえる言葉とか2つの事象・概念を並べて語る言葉がよく出てくるんだけど(例えば有名なところでは「きれいはきたない、きたないはきれい」というような)こういう言葉って「あれ?」と躓き、何度も読み返して咀嚼するプロセスがあるからこそ何を言わんとしているのかが伝わってくるとか記憶に残るというようなところがあると思うんですよね。  でも、少なくとも今回の読書で KiKi はこれに類するような「あれ?と思って読み返してみる」という行為をほとんどしなかったなぁ・・・・と。

これを既にストーリーを知っている物語ゆえ・・・・と捉えるべきか、読み方が雑になった・・・・・と捉えるべきか微妙なところだなぁ・・・・・と感じました。     

先日、4度目の読書体験にして初めてある種の満足感を得た「高慢と偏見」に気を良くした KiKi はことのついでに・・・・とばかりにこちらにも手を出してみる気になりました。  この作品も初読は高校生の頃、当時の KiKi には「さっぱりわかんない物語」でした。

嵐が丘 (上)
著:E.ブロンテ 訳:小野寺健  光文社古典新訳文庫

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ヨークシャの荒野に立つ屋敷"嵐が丘"。  その主人が連れ帰ったヒースクリフは、屋敷の娘キャサリンに恋をする。  しかしキャサリンは隣家の息子と結婚、ヒースクリフは失意のなか失踪する。  数年後、彼は莫大な財産を手に戻ってきた。  自分を虐げた者への復讐の念に燃えて...。  (文庫本裏表紙より転載)

嵐が丘 (下)
著:E.ブロンテ 訳:小野寺健  光文社古典新訳文庫

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ヒースクリフはリントン家の娘イザベラを誘惑し結婚する。  一方、キャサリンは錯乱の末、娘を出産して息絶える。  キャサリンの兄ヒンドリーもヒースクリフに全財産を奪われてしまう。  ついに嵐が丘を我が物としたヒースクリフだが、その復讐の手は次の世代へとのばされていく。  (文庫本裏表紙より転載)

さて、この物語に関しても KiKi のこれまでの読書体験をちょっとご披露しておきたいと思います。  KiKi がこの物語を初めて手に取ったのは高校生の頃でした。  実家にあったハードカバーの新潮社(だったと思う)の「世界文学全集」の中の1冊として、そして高校時代に学んだ「文学史」の中の1冊として夏休みか冬休みといった長期休暇の間に読んでみよう思った物語の中の1つだったんですよね。  

で、一応この時は当時の KiKi としては「かなりの忍耐力」を発揮して読了したんですけど、正直なところ読後感は最悪だし、何だか気持ちが落ち着かず混乱だけさせられ、「とにかく名作と呼ばれるこの作品を読了した」というレコードが残せたからまあよし・・・・という程度の印象しか残りませんでした。  ヒースクリフにしろキャサリンにしろ、その他どの登場人物にしろ「同じ人間とは思えない」という感想がやっとこさっとこ・・・・っていう感じでした。    

次にこの本を手に取ったのは大学生の頃でした。  こちらも「高慢と偏見」と同じように「英文学を学ぶ学生の必読書」という感覚で再読してみました。  少しは成長した KiKi なら高校生の頃とは何か別の感慨を持つかもしれないという儚い期待を抱いていたんですけど、結果は最悪で「この病的なまでの暗さは何だ??」という印象しか残りませんでした。  ただこの時に高校時代とは異なって少しだけ魅せられたのは荒涼たる風景の描写の部分で、その部分だけは結構心に残って何度か読み返してみたりもしたものでした。


「フランバーズ屋敷の人びと」を読了し、いわゆる「イギリスのアッパーミドルクラス」の生活 & 恋愛模様の物語に久々に触れました。  でもこの物語には何となく「後味の悪さ」みたいなものが残ってしまったKiKi。  そこでその口直し(?)に・・・・・とばかりに、久々にこちらを手に取ってみる気になりました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

高慢と偏見(上)
著:J.オースティン 訳:小尾芙佐  光文社古典新訳文庫

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溌剌とした知性を持つエリザベスと温和な姉ジェインは、近所に越してきた裕福で朗らかな青年紳士ビングリーとその友人ダーシーと知り合いになる。  エリザベスは、ダーシーの高慢な態度に反感を抱き、彼が幼なじみにひどい仕打ちをしたと聞き及び、彼への嫌悪感を募らせるが...。  (文庫本裏表紙より転載)

高慢と偏見(下)
著:J.オースティン 訳:小尾芙佐  光文社古典新訳文庫

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ダーシーの屈折した恋の告白にエリザベスは反発した。  だが、ダーシーの手紙で己の誤解に気づき、数ヵ月後の思わぬ再会で彼への感情は変化していく。  そこへ、末妹の出奔、彼の叔母君の横槍が...。  恋のすれ違いを笑いと皮肉たっぷりに描く、英国文学の傑作、決定訳登場。  (文庫本裏表紙より転載)

この物語、恐らく KiKi は今回の読書が4回目だと思います。  最初に読んだのが高校生の頃。  当時の KiKi にはどこが面白いんだかさっぱりわかりませんでした。  そもそもあの有名な出だし

独身の男性で莫大な財産があるといえば、これはもうぜひとも妻が必要だと言うのが、おしなべて世間の認める真実である

It is a truth universally acknowledged, that a single man in possession of a good fortune must be in want of a wife.

からして当時の KiKi には気に入りませんでした。  これはもう KiKi のような現代女性には夢物語としか言いようのないシンデレラ・ストーリーに違いないと冒頭から確信させられちゃうなんて・・・・・と言う感じで、ある種の思い込みからダーシーを毛嫌いしていたエリザベス同様、KiKi もどこか斜に構えたまなざしで読了したことを覚えています。

2回目の読書は大学時代。  一応「英文学」を専攻していた KiKi はこの作品を「英文学を学ぶ学生の必読書」という感覚で再読してみました。  相変わらず冒頭の一文は気に入らなかったし、高校時代には単なる道化にしか見えていなかったミセス・ベネットやウィリアム・コリンズ、さらには上流階級のプロトタイプみたいなレディ・キャサリン・ド・バーグなんかにいちいちイライラさせられ、やっぱりどうにもこうにも気に入らない物語でした。


   

昨日から KiKi は上京しているため、予定していた「指輪物語 追補編」や「シルマリルの物語」はちょっとお休み(どちらも単行本で重いため、移動がある時の読書にはちょっとそぐわない)して、久々に光文社古典新訳文庫を読んでみることにしました。  やっぱり旅のお伴は文庫本(もしくは電子書籍)に限ります。  そして読了したのがこちらです。

羊飼いの指輪 ファンタジーの練習帳
著:G.ロダーリ 訳:関口英子  光文社古典新訳文庫

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誰もが知っているグリム童話やロシア民話、ピノッキオなどが、ロダーリ流の現代的なセンスとユーモアやアイロニーでよみがえる。  表題作ほか「魔法の小太鼓」「哀れな幽霊たち」「星へ向かうタクシー」「旅する猫」など、あなたも独創的な結末を作ってみてはいかが。  創作の悦びも味わえます。  (文庫本裏表紙より転載)

岩波少年文庫で読了している「チポリーノの冒険」「青矢号」、さらにはこの本と同じ光文社古典新訳文庫の「猫とともに去りぬ」のどれもが楽しい物語だったので、この本は長らく KiKi の Wish List に載っていて、読むのを楽しみにしていた1冊でした。  今回、電車旅のお供の本を選ぶにあたって、この本に真っ先に手が伸びたのにはそんな KiKi の期待値が大いに影響していたことは間違いありません。

なかなか面白い構成の本で、掲載されている20編の物語の前半部分はどこかで読んだことがあるようなデジャヴ感満載の出だしなんですけど、それらはすべて未完の物語となっています。  未完・・・・とは言っても、一応それぞれのお話には3つの結末(あらすじのみのものもアリ)が用意されていて、その中から読者がお好みの結末を選べるようになっています。  その1つ1つが個性豊かで、悲観的なものアリ、楽観的なものアリ、ピリッと皮肉が効いているものアリで、どこかのお菓子のキャッチ・コピーじゃないけれど「一粒で三度美味しい」。  更に更に、「その3つが気に入らなければ自分で結末を作りなはれ」というおまけ(?)までついてきます(笑)

解説によれば1969年10月から1970年3月にかけて「イタリア国営放送」で放送されたラジオ番組の脚本に著者本人が後日手を加え、1970年から1971年にかけて子供向け漫画雑誌に掲載され、後日単行本化された「遊ぶためのたくさんの物語」という本の邦訳なのだそうです。


今年からのこのブログの新しいテーマ、「光文社古典新訳文庫」の1冊です。  この物語を読むのは大学生時代以来。  前回読んだのは新潮文庫の1冊だったように記憶しています。  確かタイトルは「華麗なるギャツビー」だったような・・・・・。  そして冒頭にはR.レッドフォードが主演した映画の写真がいくつか掲載されていたような・・・・・。  親友の1人の薦めで読んだことを覚えています。

グレート・ギャッツビー
著:F.S.フィッツジェラルド 訳:小川高義  光文社古典新訳文庫

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絢爛豪華な邸宅に贅沢な車を持ち、夜ごと盛大なパーティを開く男、ギャッツビーがここまで富を築き上げてきたのは、すべて、かつての恋人を取り戻すためだった。  だが、異常なまでのその一途な愛は、やがて悲劇を招く。  過去は取り返せる―そう信じて夢に砕けた男の物語。  (文庫本裏表紙より転載)

KiKi が初めてこの物語を読んだのは上記のように大学生の頃。  当時、日本はバブル景気に沸き、田舎からぽっと出てきた女の子だった KiKi は都会のきらびやかさに目くらましを食らわされ(って別に人のせいにするわけじゃないけれど)、浮かれまくっていた時代でした。  そんな時代に読んだギャッツビーの暮らしぶり(前半)はそんな都会生活の延長線上にあるきらびやかな世界で、「豊かさ」の1つのプロトタイプにさえ感じられたものでした。  ギャッツビーもトムもデイジーも、登場人物の誰にも共感はできない(ついでに語り部であるニックにも)にも関わらず、一つだけ感じられたのは「今の流れの目指している先にある1つの形がここにある」ということでした。

人工的に「美」を演出した世界。  そんな世界を表現する美しく耳触りだけはよい修飾語。  浮かれムードを煽る言葉のリズム感。  そんなものを強く感じたものでした。  と同時に日本人が憧れていた「アメリカ的豊かさ」の本質・・・・・みたいなものを感じ取り、ギャッツビーの末路を知るのと同時に「何かが間違っている・・・・・」ということを感覚的に掴んだ作品でもありました。


なかなか e-BookOff で売り物件が出て来なかったため、ちょっぴり間が空いてしまいましたが(ま、それだけが理由じゃなくて、東京⇔群馬の移動やら、東京での雑用処理があったせいもあるんだけど)、ようやく「罪と罰」の第3巻を読了することができました。

罪と罰(3)
著:ドストエフスキー 訳:亀山郁夫  光文社古典新訳文庫

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殺人を犯した者の詳細な運命がつづられる最終巻。  ラスコーリニコフをはじめ、母、妹、友人、そして娼婦ソーニャなど、あらゆる「主人公たち」が渦巻きながら生き生きと歩き、涙し、愛を語る。  ペテルブルグの暑い夏の狂気は、ここに終わりを告げる...。  (文庫本裏表紙より転載)

主役のラスコーリニコフのみならず、多くの脇役が何等かの「落としどころ」に収束していく第3巻(原作の括りでは第5部、6部 & エピローグ)。  本当に久しぶりの再読でしたが、初読の時以上の読み応えがありました。  充実した巻末の「読書ガイド」もとても興味深かったけれど、あの饒舌な登場人物たちの語るあれやこれや(それが心情告白のことあり、社会批判のことあり、当時のペテルブルクの環境描写のことあり)が実に含蓄に富んでいて、多くのことを考えさせられました。

ラスコーリニコフは結果的に自首という道を選び、そしていわゆる「シベリア」での服役中に「人」として「再生」していくわけだけど、彼があの犯罪(殺人)を犯すに至ったプロセスを考えてみると、現代社会とクロスする要素が数多くあるように感じました。  大都会の片隅で狭い小さな部屋に住み、何となく閉塞感を抱えていた青年が少しずつ少しずつ個に閉じこもり気味になり、妄想と思想の区別がどんどん曖昧になっていく中で、言わば1人勝手な「正論」を築いていく・・・・・。  そしてそれがある日、社会にとっては「突然」暴発する・・・・・。  何だかこれってあまりにも現代っぽいテーマのように感じられます。

   

今日も先日ブックオフで購入したばかりの光文社古典新訳文庫からの1冊をご紹介します。

変身/掟の前で 他2篇
著:F.カフカ 訳:丘沢静也  光文社古典新訳文庫

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家族の物語を虫の視点で描いた「変身」。  もっともカフカ的な「掟の前で」。  カフカがひと晩で書きあげ、カフカがカフカになった「判決」。  そしてサルが「アカデミーで報告する」。  カフカの傑作4編を、もっとも新しい<史的批判版>にもとづいた翻訳で贈る。  (文庫本裏表紙より転載)

カフカの作品をまともに読んだ(ちゃんと一字一句を追いかけ、最後まで読み切った)のは今回が初めて・・・・・と言っても過言ではありません。  もちろんもっと若かりし頃に何回かチャレンジしたことはあるんですよ。  特に大学時代には「文学部の大学生たるもの、カフカぐらいは・・・・」と考え、数回チャレンジしたことがありました。  でもねぇ、「実存主義」だか「不条理」だか何だか知らないけれど、正直なところ生理的に受け付けがたい作家という印象があまりにも強くて、何度も読みかけては放棄してきた前科があります。  だって、ある朝起きたら虫になっているな~んて言われてもねぇ・・・・・・ ^^;  しかもその虫っていうのが蝶々ならいざ知らず、動き回ると粘液が後に残るタイプの虫なんて、お世辞にも「好き」とか「可愛い」とは思えない・・・・・・。

随分後になって、NHK(BSだったように思う)で「名作平積み大作戦」という番組をやっていて、KiKi は毎週楽しみに見ていたんだけど、その中で「カフカの変身」が扱われたことがあって、プレゼンターの熱弁ぶりにちょっとほだされ、久方ぶりに読んでみてもいいかなぁ・・・・・と思ったりもしたんだけど、それでも「生理的に受け付けなかった」というトラウマには勝てず、今日まできてしまいました(笑)  

  

KiKi が中学 & 高校生の頃、東京に出てくる時には必ず立ち寄った町がありました。  音大の先生のレッスンを受けていた頃は月に最低1度は東京に出てきていたのですが、必ず立ち寄った場所は「銀座の山野楽器の楽譜売場」と「神田の古本屋街」でした。  当時の沼津市(KiKi の実家から一番近い都会; 沼津へ出かけることを「マチへ行く」と言っていた 笑)にも楽器屋さんや本屋さんはなかったわけじゃないんだけど、音大受験生の必需品(?)だった「ヘンレ版の楽譜」はなかなか入手できなかったし、田舎の本屋さんの扱っている本の冊数・種類は哀しくなるほど乏しいものでした。

大学進学と同時に上京した KiKi はその後約25年間はそれらの「品薄感」とはまったく無縁の生活を送るようになりました。  そうこうしているうちに、ネットショップがどんどん充実してきて、今となっては都会と田舎の「その類の環境格差」はずいぶんなくなったと思うんだけど、それでも今でも大きな差があると感じているものに「ブックオフの品揃え格差」が挙げられると思います。  池袋あたりには中型 & 大型のブックオフが複数あって、時間調整のために利用しては何かを衝動買いする・・・・というスタイルで生活してきた KiKi はLothlórien_山小舎をメインの生活の場とするようになった今も、渋川やら群馬原町あたりの中古本屋さんにはよく立ち寄るんだけど、そこで売られている本には大きな偏りが感じられます。

ま、てなわけで、今上京すると必ず立ち寄る場所に「ブックオフをはじめとする古本屋さん」が挙げられる KiKi。  昨日もハローワーク通いの帰りに2軒のブックオフに立ち寄りました。  そして目を皿のようにして探すのが「岩波少年文庫」、「光文社古典新訳文庫」、「ちくま文庫」、「ちくま学芸文庫」、「講談社学術文庫」の棚です。  で、昨日も戦利品(?)として「光文社古典新訳文庫」から12冊、「ちくま文庫」から2冊、「岩波少年文庫」から1冊をゲットしました。  その中の1冊が本日の読了本です。

ちいさな王子
著:S.テグジュペリ 訳:野崎歓  光文社古典新訳文庫

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砂漠に不時着した飛行士の「ぼく」。  その前に突然現れた不思議な少年。  ヒツジの絵を描いてとせがまれたぼくは、ちいさな星からやってきた王子と友人になる。  王子の言葉は、ずっと忘れていた、たくさんのことを思い出させてくれた。  「目ではなにも見えないんだ。  心でさがさなくちゃ」。  (文庫本裏表紙より転載)

つい先日、岩波少年文庫で「星の王子さま」を読了したばかり・・・・・。  そういう意味ではなぜこのタイミングでこの本をいかにブックオフ価格とは言え購入してまで読んでみたいと思ったのか、我ながらちょっと不思議(苦笑)。  まあ、半分はこのブログで今年は「岩波少年文庫」と並んで「光文社古典新訳文庫」もとりあげようと年頭に決心したからっていうのもあったのかもしれません。  でもそれより何より、何年か前に「星の王子さま新訳ラッシュ現象」が発生し、都内の大きな本屋さんでは「星の王子さまコーナー」ができちゃったりして、それに触発でもされちゃったのか KiKi がよく利用する関越自動車道の寄居PAは「星の王子さまPA」に変わっちゃったりもして、日本人の得意な「一過性ブーム」が過ぎ去ったこのあたりで内藤濯氏以外の翻訳を1冊ぐらいは読んでおくのもいいかも・・・・・と思ったということがありました。

ま、それだけじゃなくて、パラパラと立ち読みしてみたら、文庫本にも関わらずこの本、挿絵がほぼ全部カラーじゃないですか!!  KiKi の手持ちの「星の王子さま」はモノクロ(要するに古い!)だったので、カラー図版の本を手元に置いておきたかったというしょ~もない理由もあったりします(笑)   

   

こんなに重々しく、できれば直視したくない「人間の性」みたいなものを敢えて丸裸にしちゃうような物語なのに、スイスイ読めちゃうのはやっぱり「新訳ゆえ・・・・」なんでしょうか??  それとも、ここLothlórien_山小舎で寒さに震えている時間が長くて手持無沙汰だから???(苦笑)  ま、いずれにしろ「罪と罰」の第2巻を読了しました。

罪と罰(2)
著:ドストエフスキー 訳:亀山郁夫  光文社古典新訳文庫

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目の前にとつぜん現れた愛する母と妹。  ラスコーリニコフは再会の喜びを味わう余裕もなく、奈落の底に突きおとされる。  おりしも、敏腕の予審判事ポルフィーリーのもとに出向くことになったラスコーリニコフは、そこで背筋の凍るような恐怖を味わわされる。  すでに戦いは始まっていた。  (文庫本裏表紙より転載)

いやはや、物凄いモンをアッケラカンと読んじゃっているような、何とも奇妙な感覚にとらわれちゃいました ^^;  主人公であるラスコーリニコフも一種病的だけど、彼をとりまくすべての人たちがどこか普通じゃない感じ・・・・・(笑)。  この切迫感 & それによって生み出されたよくわからない高揚感 と言うかマグマが燻っているような感じ、これこそがあの時代のロシアにうごめいていた未だ形ははっきりしていないある種の「雰囲気、ムーブメント」だったんでしょうね。

まだ残り1巻を残しているのであまり多くは語りたくないんだけど、この巻でとにかく印象に残ったのは、ラスコーリニコフがある意味で1人勝手に自分を追い詰めていく狂気にも似た自虐性と辛うじて彼を正気の瞬間に留めようとするエゴ丸出しの自意識・・・・とでも呼ぶべきものでしょうか。  

    

光文社から「古典新訳文庫」という極めてチャレンジング(?)なシリーズが発売されるようになって5年ほどになります。  発売当初から興味を持ちつつも、文庫本の割にはちょっとお高め(仕方ないんだけど ^^;)の価格設定になかなか手が出せず、ついでに言えばこのエントリーでちょこっとお話した父自慢(?)の蔵書の中に「新潮社 世界文学全集」っていうサック付き、厚紙装丁の全集があって、多くの古典がそこには含まれているということも手伝って、ここまで「見ないふり」をしてきていました。  (それでもさすがにホフマンの「黄金の壺」が出版された時には購入してしまいましたけど ^^;)  

そんな KiKi がとうとうブックオフに並んでいた「罪と罰」 & 「カラマーゾフの兄弟」に手を出してしまったのは、中古本になってお値段が安かった・・・・・という事情ももちろんあったけれど、それ以上に活字の大きさが気に入ったから・・・・・というのがあります。  さすがに老眼が進みつつある昨今では岩波文庫なんかの活字はかなり苦しくなってきているんですよね~。  それにこの5年間に発刊されたタイトルを眺めてみるとあの「新潮社 世界文学全集」には入っていない作品もいっぱいあって、これは結構楽しみなシリーズになりつつあるなぁと感じているっていうこともあります。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

罪と罰(1)
著:ドストエフスキー 訳:亀山郁夫  光文社古典新訳文庫

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ドストエフスキーの代表作のひとつ。  日本をはじめ、世界の文学に決定的な影響を与えた犯罪小説の雄。  歩いて七百三十歩のアパートに住む金貸しの老女を、主人公ラスコーリニコフはなぜ殺さねばならないのか。  ひとつの命とひきかえに、何千もの命を救えるから?  (文庫本裏表紙より転載)

いや~、久々です、「ドストエフスキー」。  KiKi のこの物語の初読は中学2年生の頃でした。  例の「新潮社 世界文学全集 全50巻」の中の1冊で、かなり背伸びして読んでいたことを覚えています。  正直なところこの物語の主人公「ラスコーリニコフ」ほど、切迫した生き方をしてもいなければ、自我が確立できるほどまでには成長しきれていない平和な日本の中学生の女の子にはよくわからない物語でした。  ただ、1つだけ感覚的に掴むことができていたことは「何かに追い詰められ、解決策を見出すことのできない閉塞感(閉塞感なんていう言葉は知らなかったけれど ^^;)の闇の深さ」と「思考・思索に溺れすぎた人間の抱える非現実と現実の混同」みたいなもの・・・・・で、「人間って怖い・・・・・」と素直に感じた作品の1つでした。  季節は夏。  物語の中で事件が発生したのと同じようなうだるような暑さの中(当時はクーラーなんていうものはなかった)、背筋を冷やしながら読んだことだけははっきりと覚えています。

夏休み明けに当時の国語の先生が「夏休みにどんな本を読みましたか?」な~んていう質問をされ、「ドストエフスキーの『罪と罰』です。」と答えた KiKi に、先生が目を丸くしたこと、その後「どんなことを感じましたか?」と聞かれ、返事に窮してしまったことなんかをよく覚えています。  それまでに読んだどんな小説とも異なり、あまりにもいろいろなことを感じたうえに、それを言語化できるほどまでには咀嚼できていなかったことが原因でした。

  

以前から気になっていて、細々とながら・・・・も集め始めていた「光文社古典新訳文庫」。  たまたま今回岩波少年文庫に収録されていた G.ロダーリ作品を読了したということもあり、KiKi の本棚の奥の奥でほこりを被っていたこちらを引っ張り出してみました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

猫とともに去りぬ
著:G.ロダーリ 訳:関口英子  光文社古典新訳文庫

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魚になってヴェネツィアを水没の危機から救う一家。  ピアノを武器にするカウボーイ。  ピサの斜塔を略奪しようとした宇宙人。  捨てられた容器が家々を占拠するお話...。  現代社会への痛烈なアイロニーを織り込んだ、ユーモアあふれる知的ファンタジー短編集。  (文庫本裏表紙より転載)

ああ、やっぱりロダーニさんの作品は好きだなぁ・・・・。  この年齢になるまで出会えなかったのがホント残念だけど、逆に今の KiKi だから彼の作品の良さがわかるという部分も多いような気がします。  どのお話も言ってみればナンセンスの塊なんだけど、そこに風刺とか皮肉が含まれているので思わずクスクス笑いながら読めちゃうんですよね~。  短編集だから1編1編が短くて、気軽に読めちゃうわりにはどの1作にもピリリと利いた刺激(毒?)がある。  こういうユーモアセンス、KiKi は憧れちゃうんだよな~。

どの1編もとっても気に入って面白かったんだけど、特に KiKi にとってお気に入りだったのは「ヴェネツィアを救え あるいは 魚になるのが一番だ」 「箱入りの世界」 「ベファーナ論」 の3作です。


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