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ホビット 思いがけない冒険

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久しく映画の DVD には手を出していなかった KiKi。  だけどこの作品群だけはどうしても素通りすることができません・・・・・。  但し、「ロード・オブ・ザ・リング」の頃は稼ぎもあったため、劇場公開版も Extended Edition もホイッと買うだけの資力があったけれど、今はそうもいきません。  仕方なく待ちましたよ、「ホビット」の Extended Edition の発売まで・・・・・・。  そして首を長くして待っていた Extended Edition のDVDがLothlórien_山小舎に配達されてきたのが一昨日(13日)のこと。  早速、ダーリンと2人、ワクワクしながら観てみました。

ホビット 思いがけない冒険
ASIN: B00BG2MJ1O ワーナー・ホーム・ビデオ  監督: ピーター・ジャクソン

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いや~、久々に観るホビット庄の何とまあ美しいことか!!  前作、「ロード・オブ・ザ・リング」の時もあの見事に再現されたホビット庄の美しさに冒頭から唖然としたものだったけど、やっぱり相変わらず素晴らしい!!  更には久々に見る裂け谷のエルロンドの館も素晴らしかったし、真っ暗だったけどモリアも懐かしかった!!  前作の主人公フロドはやっぱりあの頃と比べるとちょっと雰囲気が変わって大人っぽさが漂っていたけれど(物語上の時間軸ではあっちの方が後だけど・・・・ ^^;)、わが家のTV画面に映し出される映像の数々に向かって思わず「おかえり♪」と心の中で声をかけている KiKi がいました。

でもね、逆に言えば「おかえり♪」ではあったものの、あの前作を初めて見た時の言葉にもならないような感動とはちょっと訳が違う・・・・・^^;  前作では出てくる場面、出てくる場面で「わぁ! わぁ!  すっご~い!!」っていう感じだったのが、今回はあの時みたいな新鮮な驚きとはちょっと無縁だったのがちょっぴり残念でした。

そして間抜けなことに観終わるまで知らなかったのは、これ、この1作でお終いじゃなかったんですねぇ。  ラストシーンがはなれ山で黄金に埋もれて眠っている竜の目玉で終わっちゃった時は「え? え?  何で???  お話はこれからでしょう!!  アーケン石は???」って焦っちゃった・・・・・。  更に特典映像を観て初めて認識したのはこれまた3部作として作られるのだそうで・・・・・。  ってことはこれ以外にもあと2種類、乏しい年金収入で買わなくちゃいけないってこと??  そんなぁ、ご無体な!!gurug.gif  でも楽しみ♪  waku1.gif

  

ようやくたどり着きました、最終巻。  この物語の再読企画に取り組んだ時からわかっていたことだったけれど、やっぱり長かったぁ・・・・・・。  ま、いずれにしろ本日の KiKi の読了本(& 映画)はこちらです。

ハリー・ポッターと死の秘宝 Part1
ワーナー・ホーム・ビデオ ASIN: B004LQ081U 監督: デヴィッド・イェーツ

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二部構成で贈る最終章、歴史的フィナーレの幕が開く!
Part1はハリー、ロン、ハーマイオニーに課せられた使命であるヴォルデモート抹殺の鍵を握る「分霊箱」を見つけ出すところから始まる。  今や守ってくれる人も、導いてくれる師も失い、これまで以上に固い結束を求められるハリーたち。  しかし、闇の力が、しっかりと結ばれたはずの3人の絆を引き裂いていく・・・・・。  一方、かつてないほど危険な場所となった魔法界。  長いあいだ恐れられてきたヴォルデモート卿の復活が現実のものとなり、魔法省ばかりか、ホグワーツ魔法学校までもが死喰い人の支配下に置かれた今、安全な場所はもはやどこにもなくなった。
ヴォルデモート卿の命令により、ハリーを生け捕りにしようとする死喰い人の魔の手が迫る。  そして、分霊箱の手がかりを探すうちに出会った「死の秘宝」の伝説。  ほとんど忘れられた古い物語に記されたその伝説が本当なら、ヴォルデモートは、分霊箱を上回る究極の力を手に入れてしまうかもしれない・・・・・。  ハリーはまったく知らないが、彼の未来は、彼自身の過去によってすでに決められているのだ。  「生き残った男の子」になった日に、ハリーの運命は決まった。  初めてホグワーツの門をくぐったあの日からずっと積み重ねてきた準備―――  それらはすべて、このヴォルデモートとの決着の日のために・・・・・。  (Amazonより転載)

ハリー・ポッターと死の秘宝 Part2
ワーナー・ホーム・ビデオ ASIN: B002UHJ9FS 監督: デヴィッド・イェーツ

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史上最強のファンタジー、遂に完結。
この壮大なフィナーレで、魔法界における善と悪の間で起こる戦いは本格的な交戦へとエスカレートする。  この争いは今までで最も危険なものであり、もはや誰の身も安全ではない。  しかしながらヴォルデモートとの最終決戦の時、最後の犠牲を払わなければならないのはハリー・ポッターなのである。  そしてここに全てが終結する。  (Amazonより転載)


そしてこの原作本はこちら(↓)です。  

ハリー・ポッターと死の秘宝
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

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7月31日、17歳の誕生日に、母親の血の護りが消える。  「不死鳥の騎士団」に護衛されてプリベット通りを飛び立ったハリーに、どこまでもついていくロンとハーマイオニー。  一方、あれほど信頼していたダンブルドアには、思いがけない過去が。  分霊箱探しのあてどない旅に、手掛かりはダンブルドアの遺品だけ。  (上巻裏扉より転載)

求めるべきは「分霊箱」か「死の秘宝」か。  ダンブルドアの真意はどこに。  ヴォルデモートが必死に追い求める物は何か?  最後の分霊箱を求めて、ハリー、ロン、ハーマイオニーはホグワーツに向かう。  壮絶な戦い、胸を引き裂く別れ。  果たしてハリーは「生き残った男の子」になれるのか?  ついに明かされる驚くべきハリーの運命。  (下巻裏扉より転載)

まずは映画から・・・・・。  第4作の「炎のゴブレット」以降前作の「謎のプリンス」までは単行本2冊の内容を1本の映画にまとめてしまったうえにCG重視の絵作りだったために、この物語が本質的に持っている複雑 & 面白い要素がメッタギリにされてしまっていた感が否めなかった「ハリポタ・シリーズ」ですが、今作の映画化は2部構成になっていたために、前作までの後味の悪さほどのものは感じませんでした。  相変わらず暗~い絵作りには辟易としたんですけどね^^;  まあ最終作としては可もなく不可もなくっていう感じじゃないでしょうか?  ただここまでの映画化でかなり端折ってしまったシーンが多かった分のツケもそこそこ大きくて、映画と原作本は別作品と思いつつ観ている KiKi ではあるのですが、正直映画の方はシリーズ全作で観た時あんまり後世に残る作品にはならなかったなぁ・・・・・という印象です。

物語自体が7年間の物語であるのに対し、映画化の方は10年を費やしており、ハリー・ロン・ハーマイオニー・ドラコたちの成長が著し過ぎたのはちょっと難点だったかも・・・・・。  ただでさえ、成長期にある役者さんたちなので、「賢者の石」では初々しくちっちゃくて可愛かったのが「死の秘宝」ではオッサン臭くなってしまっているのがちょっと残念・・・・・・。  「賢者の石」や「秘密の部屋」の頃のロンのおびえっぷりが可愛くて大好きだった KiKi なので、「死の秘宝」でのロンはもちろん逞しくなっているのはシナリオ通りではあるんだけど、正直なところ「ありゃま、こんなんなっちゃって・・・・・」という感じがしなくもない(苦笑)  ま、とは言いつつもそこそこ楽しませていただける最終作でございました。


今日は物語も佳境に入る「ハリポタ・シリーズ」第6作。  ようやく「ヴォルデモートがいかにして『闇の帝王 』と呼ばれる存在になっていったのか?」が語られる作品です。

ハリー・ポッターと謎のプリンス
ワーナー・ホーム・ビデオ  ASIN: B002AQTCWY  監督: デヴィッド・イェーツ

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始まりは2001年―ハリー・ポッターという名の少年が、世界に初めて魔法をかけたあの日。  そして今、史上最強のファンタジーは、ついにクライマックスの幕を開けようとしている!  いまだ明かされていない謎、秘密の結末......  すべてが解き明かされる瞬間が、いよいよ迫る!
シリーズ第6章『ハリー・ポッターと謎のプリンス』は、すべてを見届けるための、なくてはならないパスポートだ。  魔法界から、私たちが住む人間界に入り込む魔の手―。  未来を救うカギは【過去】にある!  時をさかのぼり、ついに見つけた宿敵ヴォルデモート卿の最大の弱点、隠し続けてきた命取りの秘密とは?  行く手に待ち受けるまさかの出来事。  そしてかつてない大きな悲しみが、ハリーを襲う!  (Amazon より転載)


そしてその原作がこちら(↓)です。

ハリー・ポッターと謎のプリンス
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

51VPBX8HB5L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ヴォルデモートの復活のせいで、夏だというのに国中に冷たい霧が立ち込めていた。  そんな中を、ダーズリーの家にダンブルドアがやって来るという。  いったい何のために?  そして、ダンブルドアの右手に異変が......。  17年前の予言は、ハリーとヴォルデモートとの対決を避けられないものにした。  過酷な運命に立ち向かう16歳のハリーに、ダンブルドアの個人教授が始まる。  (上巻裏扉より転載)

新しい「闇の魔術に対する防衛術」の先生は、思いもかけない人物だった。  一方ハリーは、突然「魔法薬」の才能を発揮する。  授業はますます難しくなるが、ホグワーツの6年生は青春の真っ只中。  ハリーには新しい恋人が現れ、ロンとハーマイオニーは仲たがいする。  しかし、ドラコ・マルフォイだけは不可解な行動をとる。  最後に起こる衝撃のどんでん返し。  そして悲しい別れ。  物語は第7巻の最終章へともつれこむ。  (下巻裏扉より転載)

まずは映画から・・・・。  う~ん、これはもう何と書いていいものやら・・・・・。  以前からこの映画は「本のためのおそろしくお金のかかったプロモーションビデオ」(つまり省略が多すぎる)、「CG制作会社養成教材」(CGでドギモを抜くシーンばかり強調)という印象が強かったんだけど、ここへきて全くと言っていいほど方向性を見失ってしまった感があるんですよね~。  つまりね、原作にはないわけのわからないシーンがあるかと思えば、瑣末なところには時間をかけすぎです。  で、今作では画面が暗すぎて何をやっているのかよく見えない(← これは KiKi が老眼だから or  消費電力を節約するためにTVの明るさを落としてあるから かもしれないけれど ^^;)ためにドギモを抜かれる・・・・と言うよりは目が疲れるばかりで、終わってみると何が何だったのかさっぱりわからない・・・・・・ ^^;

ま、チンプンカンプンな映画の割には鑑賞のために消費する時間だけは長いというそんな印象でしょうか??  その長い鑑賞時間の間中、高速回転でシーンを飛ばしながら見ているような感覚に陥るんですよ。  ま、ついでに言えば KiKi は大の蛇嫌いなので、ヴォルデモート復活以来は苦手なシーンも多い・・・・・(苦笑)


初読の際にもっとも苦手な1編だったこの「不死鳥の騎士団」。  今回は再読 & 再視聴です。

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団
ASIN: B000WGUSTA  ワーナー・ホーム・ビデオ  監督: デイビッド・イェーツ

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壮絶なバトルがついに始まる!  ハリーの本当の秘密、解禁。
ホグワーツ5年生となったハリーを出迎えたのは、周囲の白い目と新聞のふざけた見出し。  ハリーがヴォルデモートの復活話をでっちあげたと書きたて、ハリー・ポッターならぬハリー・プロッター(策略家)と糾弾する始末。  更に悪いことに、魔法省大臣コーネリウス・ファッジが闇の魔術に対する防衛術の新任教師として送り込んで来たドローレス・アンブリッジの「魔法省お墨つき」の授業は、ホグワーツに迫り来る闇の魔術に対しては不十分であった。  そこでハリーはロンとハーマイオニーに説得され、有志を集めて「ダンブルドア軍団」を結成、厳しい監視の目をかいくぐりながら、きたる壮絶な決戦に備えるべく秘密の訓練を開始する。  (Amazon より転載)


そして、その原作本はこちらです。

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

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復活したヴォルデモートとの戦いはいつ始まるのか?  ハリーにはなんの知らせも来ない。  そして突然ハリーは吸魂鬼に襲われる。  「不死鳥の騎士団」に助けだされたハリーは、「騎士団」が何か重大な秘密を守っていることを知る。  新学期が始まり、恐ろしい新任教授アンブリッジと黒い扉の夢に悩まされ続けるハリーに、チョウ・チャンが微笑みかける・・・・。  (単行本裏扉より転載)

大切なO.W.L.(普通魔法レベル)試験を控えた5年生は、日夜勉強に追われる。  疲れ切ったハリーは、恐ろしい夢を見る。  謎の夢は、ハリーの出生の秘密に繋がっていた。  ハグリッドの秘密、スネイプの秘密、そしてダンブルドアの秘密・・・・。  過去から未来へそれぞれの運命の糸が紡がれる。  そしてついに戦いが始まった。  立ち上がるハリーと「不死鳥の騎士団」。  しかし、悲しい死が・・・・・。  (単行本裏扉より転載)

映画の方はここまで来ると正直なところ惰性で観ている状態になっていきます。  物語自体が「夢見るファンタジー」の世界からどんどん「暗黒戦争」へ向かっているので仕方ない部分もあるんだけど、観ていて「楽しい♪」という気分になれることがほとんどないんですよね~。  かと言って怖いかって言われると音楽と魔法杖から出る光線と場面全体の暗さだけ・・・・と言っても過言ではないような絵作りに感じられちゃうので、大の大人が観ていてゾクゾクするわけでもないような・・・・・・ ^^;

前作でセドリックの死という14~5歳の少年にはきつすぎる出来事にいきなり直面させられてしまったハリーの苦悩(そのセドリックがハリーの初恋のライバルだったというおまけつき!)も、ヴォルデモートが復活したという事実を魔法省が封じ込める背景の描写も、ハリーがマスコミやら悪意なき噂話の餌食となってどんどん孤立感を深めていくというあたりの描写もすべてが中途半端なために、ハリーが単なる癇癪持ちみたいになっちゃっていて感情移入しにくいんですよね~。

この「不死鳥の騎士団」の物語のいいところの1つは現実社会の中にもある「不平等」や「差別」というものを的確に描き出しているところ、そして「集団心理」というものの醜い一面をこの「混乱期の魔法界」の動きの中に上手に盛り込んであるところだと思うんですよ。  更に言えば人は誰もが同じ価値観で生きているわけではなくて、個々人が節目節目でする選択こそがそれぞれの人生観・個性・アイデンティティというものを作り上げていく・・・・ということが描かれていることだと思うんですよね。  そして社会というのはそんな個々人の集団で構成されていて、その社会の「悪意なき群集心理」が時に道を誤り、少数派を追い詰め、孤立させたうえで社会的に抹殺していく・・・・・・。  そんな「群集心理操作術」に長けた人間が「蓋をしておきたい見たくない真実」を見事に隠ぺいし、その裏で権力を掌握していく・・・・・。

この物語にはそんな社会性が濃厚であるにも関わらず「その後のハリーに起こった出来事(しかもバトル系中心)」の映画作りになってしまっているのがとても残念でした。  そしてもう一つ。  個人的にかなり残念だったのはラストのダンブルドアとハリーの会話の中に原作にはある「ネビルに関するお話」が割愛されてしまっていたことです。  これはラストを知っているから・・・・・ということもあるんだけど、ホグワーツ(学校)では決して目立つ存在ではなかったネビルのその後の活躍(実際には今作のDA;ダンブルドア軍団における彼の頑張りとか魔法省での死喰い人との闘いぶりからその片鱗は見られるのだけど)の重要な伏線であるだけに、これが割愛されているのはせっかくのシリーズものの意味が薄れちゃう・・・・・。  まあ、この映画を制作した時点ではラストは発表されていなかったわけだから仕方なかったのかもしれないけれど・・・・・・。


今日は映画と原作本の乖離が極端に大きかった印象の「炎のゴブレット」です。

ハリー・ポッターと炎のゴブレット
ASIN: B000AR94DW  ワーナー・ホーム・ビデオ  監督: マイク・ニューウェル

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世界の三大魔法学校が魔力を競い合う伝説のイベント三大魔法学校対抗試合の開催が決定した。  炎のゴブレットが各校の代表選手を選び出す中、立候補すらしていないハリー・ポッターがなぜか代表の一人に選ばれてしまう。  かくしてハリーは、ドラゴン、水魔、心を惑わす生きた迷宮などの試練に挑み、その裏に潜む「声に出して呼べないあの人」の存在を感じながら、やがて自らの因縁と対峙していくのだった。  J.K.ローリング原作の『ハリー・ポッター』シリーズ第4作目となる本作では、これまでのシリーズとは一変。  ハリー、ロン、ハーマイオニーは少年期に永遠の別れを告げ、かつて想像さえし得なかった巨大な何かに挑んでいく。  (Amazon より転載)

そしてその原作本がこちら(↓)です。

ハリー・ポッターと炎のゴブレット
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

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魔法界のサッカー、クィディッチのワールドカップが行なわれる。  ハリーたちを夢中にさせたブルガリア対アイルランドの決勝戦のあと、恐ろしい事件が起こる。  そして、百年ぶりの開かれる三大魔法学校対抗試合に、ヴォルデモートが仕掛けた罠はハリーを絶体絶命の危機に陥れる。  しかも、味方になってくれるはずのロンに、思いもかけない異変が・・・・。  (上巻裏扉より転載)

クリスマス・ダンスパーティは、女子学生にとっては待ち遠しいが、ハリーやロンにとっては苦痛でしかなかった。  ハーマイオニーのダンスのお相手は意外な人物。  そしてハグリッドにもパートナーが?  三校対抗試合の緊張の中、ロマンスが飛び交う。  しかし、その間もヴォルデモートの不気味な影がホグワーツ城を徘徊する。  ほんとうに怪しいのは誰か?  難題を次々とクリアするハリーだが、最後の試練には痛々しい死が・・・・・。  (下巻裏扉より転載)

まずは映画から。  この作品に至り、とうとう映画の方は「本のためのプロモーション・ビデオ」から「CG制作会社養成教材」になっちゃった・・・・・・という感じでしょうか??  だいたいにおいて2冊本の内容を1本の映画に納める無理があるところへもってきて、どちらかというと「ハリーをはじめとする仲良しトリオの魔術 & 精神的成長」が主題(つまりは映画的な派手さが少ない)の物語だったものを現代的な特撮重視の映画で作ろうとしたギャップが丸出しになっちゃったとしか言いようがない・・・・・^^;    

だから映画を観た後には「三校対抗試合 & ヴォルデモート卿復活の巻」という印象だけは残るものの、後はどんな話だったのか、まるで「忘却術」をかけられちゃったかのようによくわからない・・・・・ ^^;  強いて言えば「ロン、強烈ヤキモチ焼きモードに入った巻」という印象ぐらいでしょうか?(笑)  ちょっと先走った話までしてしまえば、「セドリックの死 & ヴォルデモート卿復活ニュース」後のダンブルドア vs. ファッジの対立構造をすっ飛ばしてしまったことにより、次号の話がかすれちゃったんじゃないかと思うんですよね~。  それにね、映画しか観ていない人には

「ハリー・ポッターはいつからアクション映画に変わっちゃったんだろうか??」

という疑問を抱かせてしまったのではないかしら??  無意味に長い対抗試合の第一課題「ドラゴンとの対決」シーンなんて、原作との乖離が甚だし過ぎだし、「秘密の部屋」で登場したドビーの今号での大活躍もカットされちゃっているし(なぜかドビーの役割だった第二課題のハリーの秘密兵器提供者はネビルに変更!)・・・・・・。  このあたりがちゃんと描かれないと、このハリー・ポッター物語の最大重要テーマとも言える「友情」「信頼」がどんどん薄れていっちゃうと思うんですけどねぇ・・・・・。


今日もハリ・ポタの続きを・・・・・。  かなり分厚い本にも関わらず、サックサックと読めちゃう & 観れちゃうのは、まあ暇だっていうのもあるけれど、それ以上にじっくり咀嚼するような作品じゃないからかも・・・・・・ ^^;

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人
ASIN: B00008MSTU ワーナー・ホーム・ビデオ   監督: アルフォンソ・キュアロン

61+dLw-9LmL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

今回ハリーは外見も内面も驚くべき成長を遂げる13歳。  ハリーもハリーを演じるダニエル・ラドクリフたちも今までにない劇的な変化を見せる。 襲いかかる恐怖もこれまでとは趣を異にする。  人のつらい記憶を探り出し、それを糧にする吸魂鬼「ディメンター」、死を予告する死神犬「グリム」など、新モンスターもかつてないリアルな不気味さで登場。  半身半馬の「ヒッポグリフ」、人とのあいだを行き来する「狼男」。  「夜の騎士バス」、「怪物的な怪物の本」、「忍びの地図」、「ニンバス2000」を上回る最新仕様の「ファイアボルト」など、続々と登場する魔界の住人や新アイテム。  そのいずれもが格段にグレードアップされたCG効果のもと、前作をはるかに凌ぐ魔法の世界を創り出す。  なかでも圧巻は、嵐の中で繰り広げられる大迫力のクィディッチ・シーン。  さらに魔法の村「ホグズミード」などの探検で、舞台はホグワーツの外へも広がりを見せていく。

13歳になったハリーを待ち受けるのは、かつてない危機と驚愕の真実。  両親を死に追いやった凶悪犯シリウス・ブラックの脱獄に迫り来る恐怖。  不吉な死の予言さえ告げられる中、ハリーが直面する両親の死の真相。  今まで見えなかったものが見え始め、わからなかったことがわかり始める第3章。  登場人物たちの真の姿がいよいよ解き明かされていく。

1章目で彼らと出会い、2章目でその成長を見届け、3章目で初めて知る、彼らの存在の意味。  壮大な物語の根底をなす、時を超えた人物相関図が、今、明らかになる!  (Amazon より転載)


そして原作本はこちら。(↓)

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

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夏休みのある日、ハリーは13歳の誕生日を迎える。  あいかわらずハリーを無視するダーズリー一家。  さらに悪いことに、おじさんの妹、恐怖のマージおばさんが泊まりに来た。  耐えかねて家出するハリーに、恐ろしい事件がふりかかる。  脱獄不可能のアズカバンから脱走した囚人がハリーの命を狙っているという。  新任のルーピン先生を迎えたホグワーツ校でハリーは魔法使いとしても、人間としてもひとまわりたくましく成長する。  さて、今回のヴォオルデモートとの対決は?  (Amazon より転載)

まずは映画へのコメントから・・・・。  この巻で感じる最大の違和感はハリーたち3人組の制服姿が著しく減ってしまったこと。  イギリスの寄宿学校というところが常に制服着用なのかどうかは知らないけれど、前2作では常に制服姿だった彼らがヤンキー少年 & 少女になってしまった(しかもホグワーツ城のセットはほぼそのまま!)ことによりイギリス・ファンタジーの世界から一挙に「ビバリーヒルズ高校白書(というタイトルのアメリカドラマが昔あった)」になってしまったみたい・・・・・。  相変わらず本のダイジェスト版的な動画作り(≒ 恐ろしくお金のかかった本のプロモーションビデオ)に終始し、第1作 & 第2作では目新しく感じられた小物類も2番煎じ、3番煎じの香りが漂い始めました。

メニュー画面でも使用されている「夜の騎士バス」シーン。  あんなに長々とやる必要はないと思うんですよね~。  ただでさえ本には書かれているのにカットされてしまっているシーンが多いだけに・・・・・・。  本作で一番大事な小物とも言える「忍びの地図」をめぐるあれこれこそ重要な話なのに、その機能のみに特化した描き方というのも納得できない!!  ま、そんなこともあってこの号より後のDVDを KiKi はリアルタイムでは購入しなかったし、中古で購入した後もタイムリーには観なかったんですよね~。  だいたい今回このシリーズを観直してみたというのも購入したきり封さえ切っていなかった最終作「死の秘宝 Part1 & 2」を暇にあかせて観てみようかと思いついちゃったからだったりするんです。  でも、間が空きすぎちゃったこともあって、本の印象も薄れちゃっているし・・・・・ということで第1作から振り返ってみようということで始まったのがこの「ハリ・ポタ企画(?)」なんですよ。

せっかく再読 & 再視聴し始めた作品なので今日もハリポタの続きを・・・・・・。  こうやって時代遅れ気味のタイミングで(& 結末やら伏線のおさまり具合を知ったうえで)この作品を振り返ってみるというのもなかなか乙なものでございます(笑)

ハリー・ポッターと秘密の部屋
ASIN: B000063UPK   ワーナー・ホームビデオ 監督:クリン・コロンバス

615oK1NRo7L._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

ハリー・ポッターの夏休みは、決して楽しいものではなかった。  そんなある日、ハリーの寝室に屋敷しもべ妖精のドビーが現れ、こう警告する―― 「ハリー・ポッターはホグワーツに戻ってはなりません。」
ドビーはハリーを学校へ戻さないために、ロンとハーマイオニーからの手紙を止めていたのだ。  しかし、叔父叔母の家で酷い仕打ちにあっていること、本当の家はホグワーツ学校であると信じている彼にとっては、ドビーの必死の努力もむなしいものであった。  そこへロンとロンの兄達が空飛ぶ車でハリーを救い出し、温かいウィーズリー家へに迎えられた。  しかし、ハリーとロンが9と3/4番線からホグワーツ特急に乗って学校へ向かおうとすると、どういうわけか行く手を阻まれてしまう。  新学期早々遅刻ではシャレにならない。
そこで二人は例の空飛ぶ車、フォード・アングリアで学校へ向かうのだが、人間に目撃されてしまったり、学校の大切な「暴れ柳」に突っ込んでしまったりで、先生に大目玉を食らってしまう。

このハリーの活躍(?)は全校生徒の知るところとなり、彼はありがたくもない注目を浴びることになる。  闇の魔術の防衛術の新任教師である、虚栄心の強いロックハート先生は人気者の座を我が物にしようと必死だった。  そんなある日、ホグワーツのどこかにあるとされてきた「秘密の部屋」が開かれた・・という血文字が現れる。  次々と起こる謎にハリーに疑いの目が向けられる。
ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は再び忍び寄る魔の手と対決することを決意する・・・!  (Amazonより転載)

そして、この映画の原作がこちら・・・・・

ハリー・ポッターと秘密の部屋
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

511X2B00B0L._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

魔法学校で一年間を過ごし、夏休みでダーズリー家に戻ったハリーは意地悪なおじ、おばに監禁されて餓死寸前。  やっと、親友のロンに助け出される。  しかし、新学期が始まった途端、また事件に巻き込まれる。  ホグワーツ校を襲う姿なき声。  次々と犠牲者が出る。  そしてハリーに疑いがかかる。  果たしてハリーはスリザリン寮に入るべきだったのだろうか。  ヴォルデモートとの対決がその答えを出してくれる。

KiKi はこの一連の作品(要するにシリーズ全7作)に関しては常に原作→映画の順でそれぞれ1度ずつ鑑賞してきて、今回初めて映画→原作の順で復習(?)しているのですが、現段階での KiKi の評価としては「この映画は本のためのプロモーション・ビデオ」という感じでしょうか・・・・・。  

初見の時は本が先だったので映画ではカットされている背景的なことをある程度知っていたから小道具のようなディテールとかCGの美しさ(?)を堪能することができたけれど、今回おおまかな粗筋はともかくとして本の記述の詳細をすっかり忘れてしまった状態でこの映画を観ると、そこかしこでチンプンカンプンになってしまうし、クィディッチの試合シーンとか、アラゴグ(蜘蛛のお化け)訪ねて森の中とか、ラストバトルシーン(要するにハリウッド的な見せ場)にばかり力が入っていて時間とお金をかけている代わりに、小説の持つディテールの妙味みたいな部分のほとんどが薄れてしまっているような感じがしました。


待てど暮らせど融ける気配を見せない雪景色の中、面白いTVはやっていないし、出かけるのは億劫だし、腰痛のため針仕事は進まないし・・・・・という八方塞の中、仕方なく取り出したものがありました。  池袋のマンションにはたくさんの映画DVDが置いてあるんだけど、ここLothlórien_山小舎には限られた映画DVDしか持ってきていないのですが、幸いなことに「シリーズもの」がいくつか揃っています。  そんな中、購入してから1回しか観ていないこちらに手を出してみました。

ハリーポッターと賢者の石
ASIN: B000063TJA  ワーナー・ホームビデオ 監督:クリン・コロンバス

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全世界に魔法をかけたファンタジー・アドベンチャーの最高傑作。
「ホグワーツ魔法魔術学校への入学を許可します」。  幼い頃に両親を亡くし孤独な日々を送っていた、ハリー・ポッターのもとに驚くべき手紙が届く。  ハリーの両親は名高い魔法使いで、彼もその血を受け継いでいたのだ。  魔法魔術学校での新たな生活に心躍らせるハリー。  しかし巨大な怪物トロールの出現をきっかけに、不気味な事件が起こりはじめる。  事件の核心に迫ったハリーを待ち受けていたのは、両親の死にも関わる宿命の対決だった...。  映像特典(約26分)...Disc1:オリジナル予告編
Disc2:特典映像+DVD-ROMコンテンツ付き 未公開映像、インタビュー集に加えて「ハリー・ポッター」ワールドを自ら参加して体験できるゲーム式コンテンツが満載!(ダイアゴン横丁、組分け帽子、ホグワーツ校庭etc)  (Amazonより転載)

で、せっかくの機会なので本の方も再読してみることにしました。

ハリー・ポッターと賢者の石
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

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ハリー・ポッターは孤児。  意地悪な従兄にいじめられながら11歳の誕生日を迎えようとしたとき、ホグワーツ魔法学校からの入学許可証が届き、自分が魔法使いだと知る。  キングズ・クロス駅、9と3/4番線から紅色の汽車に乗り、ハリーは未知の世界へ。  親友のロン、ハーマイオニーに助けられ、ハリーの両親を殺した邪悪な魔法使いヴォルデモートとの運命の対決までの、息を飲む展開。  9歳から108歳までのファンタジー。  (Amazonより転載)

映画と原作本をほぼ同時進行で楽しむっていう楽しみ方もなかなかいいもんです。  KiKi 個人は以前このエントリーにも書いたように「映像の功罪」に関してはちょっと複雑な意見を持っている人間なんだけど、ことこの作品に関しては映画に助けられた部分が多々あります。  その1つは「ホグワーツ魔法学校の雰囲気」であり、残りの1つは「クィディッチ」という彼らのスポーツのイメージです。

西洋の石造りの建物(というよりお城)の持つ、人を威圧するような雰囲気というのはそこで長時間を過ごした人間でない限りなかなか想像するのが難しいものだけど、観光地のお城を見ただけの日本人にはなかなか馴染みのないものだし、そういうお城と同じような雰囲気を持つイギリスの寄宿学校のイメージというものも日本人とは縁遠いものだと思うんですよね。


今日も風の強い1日になりそうです。  お天気は快晴なんだけど、昨日に引き続き風の音が鳴り響いています。  さて、そんな中、ネットをあちこち徘徊していたら見つけちゃいました!  こんな素敵な動画です。

あの、「ロード・オブ・ザ・リング三部作」が完成した頃からず~っと囁かれていた「ホビット」がとうとう今年の年末に米国(? or New Zealand?) で公開されるらしい!!!  しかも前作(LoR)では三部作だったものが今作はどうやら二部作になるらしい!!!  

噂ばかりが先行していてなかなかその後のニュースが聞こえてこなかっただけに、「どうなっちゃったんだろう??」と心配していたんだけど、これはホント待ち遠しい!!  

そうと決まれば、今年の後半には J.R.R. トールキン作品を又一挙に読まなくちゃいけません。  ああ、これで又「読書カテゴリー」の企画が1つ増えてしまいました・・・・・。  さらに言えば、以前のブログ「落ちこぼれ会計人の独り言」からの転載ばかりの「映画カテゴリー」も今年は放置の予定だったんだけど、最低限「リング 三部作」は観直してエントリーを書かなくては・・・・・。  

嬉しいながらも妙なプレッシャーを感じてしまっている KiKi なのです。  ああ、忙しい!!(笑)

  

2007年に放映された「土曜ドラマ ハゲタカ」 & 「映画 ハゲタカ」を6月21日から24日にかけて NHK Hi-Vision で再放送していました。  (ついでに言うと地上波でもついこの間、再放送をしていたらしい・・・・・ ^^;)  この番組、KiKi はリアルタイムでは観ていなかったのですが、結構評判がよかったと聞いていたし、せっかく再放送してくれているんだし(しかも映画とセットで!)ということで、一応録画しておいたんですよ。  でもね、KiKi にはよくあることなんだけど(^^;)、録画はしたもののず~っと放置したまんまでした。  

で、ふと気がついたら、他にも撮りだめしてあった番組も結構あって、KiKi のHDレコーダーがものすごい事になっていました。  このままではもうすぐパンクしてしまう!と冷や汗をかいた KiKi。  ま、てなわけで、今年のお盆は一挙に「ドラマ ハゲタカ」6本 & 「映画 ハゲタカ」を観てみました。

ハゲタカ(DVD)

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バブル崩壊後、「失われた10年」と呼ばれる長いトンネルの闇に包まれていた日本に、風穴を開けにやって来た男がいた。  日本経済界で、外資系のファンドマネージャーとして暴れ回る男の名は、鷲津政彦(大森南朋)。  ビジネスとして外資的な合理主義を盾に、次々と日本企業に切り込み、買収していく様は、まさに死肉を漁る"ハゲタカ"であった。

一方、襲い来る"ハゲタカ"に敢然と立ち向かう男がいた。  旧態依然とした日本の体制にもがきつつ、懸命に日本企業を支え続けようとするエリート・バンカー、芝野健夫(柴田恭兵)。  日本初のターンアラウンド・マネージャー(企業再生家)として、企業再生の道を模索して行く。

同じ銀行の後輩・先輩でありながら、対照的な道を歩んだ二人の男。  会社を医者に例えるなら、徹底的な外科手術で患部を切り捨てていく鷲津と、あくまで内科治療による再生を目指す芝野。  「日本買収」ビジネスを巡る二人の男の野望と挫折を軸に、合理化、弱肉強食が叫ばれる今、日本の会社にとって本当に必要な治療法とは何なのか?を問いかける。  (ドラマ版;Amazon より転載)

 

誰かが言った。  人生の悲劇は2つしかない。  ひとつは、金のない悲劇。  もうひとつは、金のある悲劇。  世の中は金だ。  金が悲劇を生む...。  数々の受賞に輝く傑作ドラマが待望の映画化!  

"企業買収"をテーマにした真山仁原作のTVドラマ『ハゲタカ』の劇場版。  "ハゲタカ"の異名を持つ天才ファンドマネージャー・鷲津政彦と、"赤いハゲタカ"を名乗る中国系ファンドの使者・劉一華の大手自動車メーカーをめぐる買収戦争の行方を描く。  (映画版;Amazon より転載)

 

こういう「経済ドラマ」とか「ビジネス小説」って KiKi がまだ若くて、仕事に対する野心みたいなものを持っていた頃は好きだったんだけど、ある年齢を過ぎてからは「事実は小説 & ドラマよりも奇なり」みたいな気分になってきて、あんまり読んだり観たりしなくなっちゃっていました。  だいたいの場合、主人公にある種のプロトタイプ・・・・みたいなものがあるような気がしてきて、状況設定だけは異なるものの(まあ、そこが一番の見せ場ではあるんですけど)、何となく先が見えちゃうような気がしてきたっていうのもこういうものから距離を置き始めた理由でもありました。

でもね、いかに「事実は小説 & ドラマよりも奇なり」とは言っても、もちろん KiKi の仕事はこのドラマの鷲津さんなんかの世界と比べたらもっと刺激は少ないし、おままごとみたいな世界・・・・・ではあるんですよ。  ただ、実際に自分の頭を使い、手を使い、組織を使って成し遂げている仕事の方がリアルな刺激と脳内活性があるのは事実なわけで、お客さん的に観ている他人の仕事に憧れたり羨んだり同情したりしている余裕もなかった・・・・・というのが本当のところかもしれません。  だから今回、このドラマの第1回を見始めた時には、いくら世間の評判がいいからって正直さほど期待していなかったんですよ。  ところがどっこい、久々にこのドラマは面白かった!(笑)  なんていうか、「大人向けの硬質なドラマ」っていう感じがしました。

 

スティング

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スティング
1973年 アメリカ 監督:ジョージ・ロイ・ヒル


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1936年、シカゴ。  詐欺師たちの一世一代の大芝居が始まった。

修行中の詐欺師フッカー(ロバート・レッドフォード)は天才賭博師ゴンドーフ(ポール・ニューマン)の助けを借りて殺された親分の仇討ちに乗り出す。  目指す敵はシカゴの大物ボス、ロネガン(ロバート・ショウ)。  2人はこの大ギャングに "スティング"(とどめの一撃)を与えるために大イカサマを企てる・・・・・。  監督は「明日に向って撃て!」のジョージ・ロイ・ヒル。  
  


この映画は好きですね~。  役者もいい!  シナリオもいい!!  音楽もいい!!!  ファッションもいい!!!!  KiKi が考える究極の娯楽映画というのはこういうもの♪  それにね、KiKi はこの映画を観てからポール・ニューマンのカッコよさが理解できるようになったんですよね~。  初めて「明日に向って撃て!」を観た頃、ニューマン演じるブッチは可愛いし憎めないんだけど、どちらかというレッドフォード演じるキッドの引き立て役っぽさもあったように感じたんだけど、こっちの映画は真逆。  オイシイところはニューマン氏がほとんどもっていきます(笑)。  スーツを着込んで帽子を被って鼻をチョチョイとなぜるシーンを観るとそこはかとない男の色気を感じますです、ハイ。  あの時の笑顔がいいんだよね♪

対するレッドフォード氏も色男ぶりは健在で、KiKi が彼の登場シーンの中でかなりお気に入りだったのは、深夜にとある女性の部屋を訪ねた時のやりとりです。  彼女に「知らない仲よ。」と言われたのに対し、「お互いに 夜中の2時に相手のいない仲だ。」と切り返す。  なんてオシャレなんでしょう!!  やっぱりスターっていうのはこういうセリフが似合わなくちゃいけません♪  ドンパチやって強きゃあいいってものじゃないし、モテモテの優男ならいいってものでもない。  メチャクチャお金持ちならいいってものでもなければ、女性をグイグイリードしながらロマンチックなセリフを吐きゃあいいってものでもない。  そういうのもある面ではカッコいいとは思うけれど、こういうセリフをさらっと言うのが1番カッコいいと思う KiKi は歳なんでしょうか・・・・・ ^^;

いずれにしろこの映画、ラグタイムの軽快なリズムに乗って凡そ復讐劇とは思えない雰囲気のまま淡々と進んでいくんだけど、そこがいいんだと思うんですよね。  考えてみると物語の舞台となった30年代のアメリカと言えば、今の「オレサマ・アメリカ」とはかなり様相は異なっていて、不景気の嵐が吹きまくり、ギャングも我が物顔で街を闊歩し、血で血を洗うような抗争が頻発して・・・・・と何となく暗~いイメージを持ちやすい時代だと思うんだけど、その時代をこんなに軽妙に描いちゃったという時点でまず二重丸です♪  だいたいこの物語の核にある事件といい、間でチョコチョコと入るサブ・ストーリーと言い、深刻になろうと思えばいくらでも深刻になれそうなエピなのに、この軽さはいったい何なんだろう??(笑)  でもだからこそ、ハラハラはするんだけど、何ていうか安心して観ていられるんですよね~。  もともと昨今の映画のドギツ系とか煽り系を観ているとシニカルになりがちな KiKi のこと、このコロアイが実に気持ちいいんですよ。  この映画が描くような世界観こそ「古きよき時代」という言葉が似合うと思う KiKi です。

う~ん、書きたいことはいっぱいあるんだけど、ことこの映画に関してはネタバレを極力避けたいんだよなぁ・・・・。  そうなるとやっぱり書き方が難しい・・・・。

  

ショーシャンクの空に

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ショーシャンクの空に
1994年 アメリカ 監督・脚本:フランク・ダラボン


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とある刑務所の受刑者が勝ち取り、分け与えた解放と救い・・・・。  誰の心にも静かに、爽やかな感動が訪れる・・・・。

ショーシャンク刑務所に、若き銀行の副頭取だったアンディ・デュフレーン(ティム・ロビンス)が、妻と間男を殺害した罪で入所してきた。  最初は刑務所の「しきたり」にも逆らい孤立していたアンディだったが、刑務所内の古株で "調達係" のレッド(モーガン・フリーマン)は彼に他の受刑者たちとは違う何かを感じていた。  そんなアンディが入所した2年後のある時、アンディは監視役のハドレー主任(クランシー・ブラウン)が抱えていた遺産相続問題を解決する事の報酬として、受刑者仲間たちへのビールを獲得する。  この一件を機に、アンディは刑務所職員からも受刑者仲間からも、一目置かれる存在になっていく・・・・。 
  


この映画は KiKi の大好きな映画の1本なのですが、Review を書くのがちょっと難しい映画でもあります。  ・・・・と言うのも、考えさせられることがあまりにも多いんですよね~。  で、KiKi にとってこの映画は「感動」を呼び起こす映画というよりは、どんどん自分の中にある様々な価値観を混乱させていく映画とも言えるんです。  混乱・・・・と言うとちょっと言葉が厳しすぎるかもしれません。  要はシロクロをつけることの難しさをしみじみと感じる映画なのです。

この映画はある意味ではとってもズルイ(笑)トリックを使っているんですよね。  ズルイトリックその1)は、この物語の主人公アンディ(ティム・ロビンス)が冤罪で投獄された人物であるということ。  映画を観ている人間は確信こそないけれど、アンディが無実であることを感じながらこの映画を観始めているので、どうしてもこの刑務所の囚人に対して最初から同情的・・・・というか、あまり悪感情を持たないような作りになっていると思うんですよね。  そして、それに輪をかけるようにレッドを始めとするアンディの仲間となる囚人たちに根っからの悪者がいないんですよね。  ことレッドに関しては殺人による服役囚ということが映画の中で語られているけれど、それ以外の仲間の囚人たちは「いったいあなたは何したの??」と聞きたくなるほど、まっとう(?)な人ばかり・・・・。  新しく収容されてきた服役犯の最初の晩に彼らを野次ったり「誰が最初に泣き出すか」で賭けをしたりはするけれど、それ以上の凶暴性もなければ変質性もなし。  あ、アンディをレイプする集団だけは別ですが・・・・。  だからブルックスという年老いた服役囚がいるんだけど、この人が保護観察付きで仮釈放になった時、一般社会にどうしても馴染めないでいるその姿が気の毒で仕方ない・・・・。  ひょっとしたら刑務所に入る前にはものすご~く極悪非道なことをしていた人なのかもしれない・・・・なんていうことを忘れちゃうほどです。

で、ズルイトリックその2)は刑務所の所長さんやそこで働いている人たちがすご~く悪いヤツだっていうこと。  力を過信しちゃっているというだけでなく、ホントに悪いヤツなんですよね~。  半ば変質狂のように囚人を殴ったり蹴ったりするヤツもいれば、自分に都合の悪いことを口にする囚人を殺しちゃったりするし、刑務所の囚人というタダの労働力を使って公共事業(・・・・とは限らないけれど)なんかに入札して、そこで得た収益を着服しちゃうほどに・・・・・。  だから、本来であれば真っ当な一般市民であるはずの(と言うかそうであってほしい)「刑務所勤務」の人たちが悪であることによって、アンディやレッド、そしてその仲間の囚人たちがいやでも善に見えちゃう。

これに追い討ちをかけるように、アンディ役を演じているのがティム・ロビンスでレッド役を演じているのがモーガン・フリーマンというあまりにも実直な役者達だということがズルイトリックその3)。  DVDの音声解説で監督のフランク・ダラボンが語っているんだけど、モーガン・フリーマンはCMには出演しない役者なんだそうです。  で、どうして彼がCMに出演しないのかというと「彼がCMに出ると観ている人が "本当だ! 本物だ!!" と何の疑問も持たずに信じてしまう傾向があるのだそうで、その人にとって本当に必要なものとは限らない物を買わせてしまうのが忍びないから」ということだったのですが、そんな人が罪人の役をやって、悪いヤツに見えるはずがない!!!  この映画の中の彼の演技がどうのこうのということではなく、要は彼はある意味では「アメリカの良心の権化」みたいな存在なわけです。  もちろん劇中の彼(レッド)は最後の面談の際に言っていたように、「人を殺してしまったその瞬間から後悔しなかったことはなかった」ほど、根っこは真っ当な人だったわけだけど、やはり罪人であることに間違いはないわけで・・・・・。  でも、この映画を観ている間中、レッドに悪感情を抱く人はほとんどいないと思います。

 

JFK

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JFK
1991年 アメリカ 監督:オリバー・ストーン


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オリバー・ストーン監督が60年代4部作の完結編として今世紀最大の謎に迫った問題作。  1963年にテキサス州ダラスで起きた事件は、米社会の基盤をゆるがし、米国そのものの運命をも変えた。  国民の政府への見方を永遠に変えてしまったこの事件は未だ解決されていない。  ストーンは実力派揃いのキャストと、恐ろしいほどのリアルな台詞、ヴィジュアルによって自らの道を失った時代の年代記を、あらゆる技法を駆使して描いている。

(9シーン 約17分の追加、新たなシーン構成でオリバー・ストーン自ら再編集した特別版。: ディレクターズカットの特別編集版 DVD を鑑賞) 
  


巷では「社会派」と呼ばれているらしいオリバー・ストーン監督の大ヒット作です。  KiKi は彼のことを「社会派」とは思っていなくて、「社会派のフリをしたエンターテイメント派」だと思うんですが、少なくとも彼が描き続けた60年代4部作(「プラトーン」、「7月4日に生まれて」 そして本作。  残りの1つは何だろう?  「天と地」か「ニクソン」かだとは思うんだけど、「ニクソン」は大統領に就任した年が辛うじて60年代なだけだからなぁ・・・・。)を観る限りにおいては、「彼はこの時代を描きたいがために映画監督になったんだろうなぁ」と思わさせられます。  1943年生まれの監督にとって60年代というのは青春の日々 & 多感な日々です。  そしてそんな彼が1967年に陸軍に志願して、ヴェトナムで従軍。  この映画の最後でケビン・コスナー扮するジム・ギャリソンが法廷で語る次の一言。  これを言いたいがために彼は映画作りの道を選んだんだと思うんですよね。

「我々が子供の頃、みんなこう思っていた。  正義は自然に生まれると。  美徳は価値があり、善は悪に勝つと。  でもこれは真実じゃない。  正義は人間が作るもので簡単じゃない。」

彼に社会派の一面があるとすると、それは「一般市民の純粋な想いは時に国家権力によって利用され、裏切られることもある。」という彼がヴェトナム戦争体験から学んだ1つの哲学を吐露しているという部分だと思うんですよね。  ず~っと昔、「プラトーン」が上映された際のパンフレットか何かで読んだことがあるんだけど、地方の学校に軍隊へのリクルートに来た人の言葉に感銘を受けた監督自身が、愛国心を鼓舞されて、親の反対を押し切ってまでして志願兵としてヴェトナム戦争に従軍したんだけど、どんどん泥沼化していくその戦争の中で彼が得た結論が「この戦争には正義がない。」ということだったのだそうです。  だから彼にはあのアメリカが迷走していた「暗い60年代」については語っても語りきれない想いがあるんだと思います。  とにかくこの監督、ヴェトナム戦争が絡むと熱く燃えちゃうんですよね。  そんな彼の強い想いが見事に結集しているのが「プラトーン」とこの「JFK」だと KiKi は感じます。  (「7月4日に生まれて」は KiKi の中でさほど評価の高くない作品です。)

「13デイズ」の Review にも書いたように、JFK を政治家として彼の熱狂的なファンほどは評価していない KiKi なので、この映画の中で JFK をやたら持ち上げている描写にはちょっと首をかしげちゃうんだけど、それはこの映画の主題ではないと思うので、ちょっと放置(笑)。

この映画のキモは何といっても映画の最後、エンドクレジットに出てくる監督から観客へのメッセージだと思うんですよね。  曰く、「この作品を真実を探求する若者にささげる。」  KiKi はこのメッセージを監督は真実を明らかにするために、事実を描こうとしたのではないと読み解きました。  彼は巧みに娯楽性を計算して、この映画を「ドキュメンタリー・タッチの、社会派のエンターテイメント」として飾り付けて、娯楽性にばかり興味を持っている今の一般大衆に言いたいんだと思うんです。  風化しそうなこの歴史に興味を持ってもらえましたか?・・・・と。  無気力・無関心・無感動であるなかれ・・・・・と。  当時、リアルタイムに生きていてショックと共にこの事件に遭遇し、真実を知りたいと思った人間がみんな死んじゃった頃に、ようやく様々な資料が公開されるんだぞ・・・・と。  映画の中のギャリソンのセリフではないけれど一族で語り継ぎ、自分がダメなら子供でも孫でもいいから、真相をちゃんと知ろうとすることを忘れないようにしようね・・・・・と。  

 

13デイズ

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13デイズ
2000年 アメリカ 監督:ロジャー・ドナルドソン


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1962年、米軍偵察機が捉えた衝撃の映像。  それはソ連軍がキューバに配備したと思われる、最強の破壊力を持つ核ミサイルの姿だった。

迫りくる第三次世界大戦の危機。  これに真っ向から立ち向かったのは、米国史上最年少の大統領ジョン・F・ケネディ、司法長官ロバート・ケネディ、そして有能と謳われた大統領補佐官ケネス・オドネル。  彼らはいかにしてこの最悪の事態から世界を救ったのか...。
                                 角川ヘラルド Site より転載 
  


初めてこの映画を観たときにはかなりショックを受けました。  この映画の物語の背景は「キューバ危機」。  この出来事は中学・高校時代の歴史の授業では既に駆け足状態になってしまっていてじっくりと学ぶことができなかったし、参考書などにもさらっとしか書かれていなかったという記憶があるんですが、それがどんなにシリアスの状況だったのか、「海上封鎖」とはどんなことをしたのか・・・・等々を初めて実感することができた作品だったからです。  「うわ~、事実は小説よりはるかにドラマチック!」と感動しました。  でも1回目の視聴の後色々調べている中で、この作品がこの映画の登場人物(&実在人物)のロバート・F・ケネディの著作をベースにしていることを知りました。  

そうなってくると根が天邪鬼の KiKi のこと。  いきなり物語の展開に「マユツバ」になって、さらに色々調べたりしているうちに、リアリティみたいな部分にはちょっと(と言うかだいぶ)懐疑的になってしまいました。  でもまあ、これは歴史の教科書じゃないから、その懐疑的な部分は極力抑えた Review を書きたいと思います。  でもね、最初に一言だけいいですか?  この映画って「ケネディ神話」の急先鋒っていう感じの作品だよねぇ(笑)。  

ま、それはさておき、タイトルの「13デイズ」とは、この映画で描かれるソ連がキューバに配備したミサイルの撤去をアメリカが求め、ソ連との外交的駆け引きが続いた13日間(1962年10月16日から10月28日)のことです。

この映画を観ていて1つ気をつけなくちゃいけないなぁと感じたのは、アメリカと仲良しの日本の歴史教科書でも、この映画でも、ある日突然トチ狂ったロシア(と言うかソ連)がキューバにミサイルを配備したことによって核戦争勃発の危機が起こったかのような描き方をしているんだけど、そこはちゃんと歴史のお勉強をしなくちゃいけないと思います。  第二次大戦戦勝国の2つの雄、米ソのその後の外交政策やら冷戦、軍拡、核兵器開発競争等々について、ちゃんと理解したうえでこの映画を観ないと、本当にアメリカの自己正当化映画にしか見えませんから・・・・。  KiKi は思うんだけど、唯一の核被爆国の国民としてこのあたりの歴史は、「鳴くよ鶯、平安京」よりも「いい国作ろう鎌倉幕府」よりも、ず~っとず~っと注意深く見つめなくちゃいけない歴史だと思うんですよね。  この映画の中では、この事件がどんなにシリアスだったのかを表すために、何度も何度もあの忌まわしい「キノコ雲」の映像が流れるんだけど、あの「キノコ雲」の下でどんな惨事が起こっていたのかを一番よく知っているのは日本人だけだということは忘れちゃいけないと思います。  少なくともこの映画を観た世界中の人たちの半数以上は広島・長崎の悲惨さを想像だにできないんだから・・・・・。

 

 

コーラス

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コーラス 
2004年 フランス 製作・出演(ピエール・モランジュ): ジャック・ペラン


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 「先生、ぼくたちの歌声は、ママに届くかな...。」
たった一つの願いを歌に込めたこどもたちがフランス中のハートをつかみました。  それは、聴くだけで涙があふれる不思議な歌声でした。

1949年フランスの片田舎。  貧しい親元を離れて寄宿学校で暮らす子供たち。  誰も会いに来てくれない面会日、帰る家のない夏休み。  悲しい目をした子供たちを校長先生は厳しくしばりつけていた。

そんなある日、1人の音楽の先生がやってきた。  先生は、さびしさをいたずらで紛らわす彼らを叱るかわりに、歌を教えてくれた。   歌うことで希望と無邪気な笑い声を取り戻す子供たち。  その中に"奇跡の歌声をもつ少年"ピエールがいた。   だが彼は学校一の問題児だった...。

美しくも切ない歌声の子供たちと、彼らの心を柔らかく抱きしめてくれた本物の先生との出会いに、世界中が感動の涙と拍手を送りました。

                      コーラス オフィシャルサイトより転載  
  


最初にこの映画を観て感じたこと、それは「ニューシネマ・パラダイス」に似ている作品だなぁ・・・ということでした。  で、この Review を書くにあたりこの映画のオフィシャルサイトを見て納得♪。  同じ人が製作した映画だったんですねぇ。  

KiKi はこの Poco-a-Poco  Lothlórien を見ていただいてもわかるように、音楽、それもクラシック音楽は大好きなので、クラシック音楽を題材にしている映画や小説、ドラマやマンガなんかには目がないんですよ。   だからこの映画も予備知識 0 (ゼロ)でどうやら少年合唱団の話らしい・・・・ということだけでレンタルしてきました。

物語自体はこれといったひねりもなく、問題児だらけの学校にたまたま赴任してきた音楽教師がコーラスを通じて淋しい子供たちと心を通わせる・・・・というそれだけのお話なんだけど、映像の美しさとコーラスの美しさが際立ち、そして子供たちの変化を見ているだけで心がす~っと軽くなっていく、そんなとっても映画らしい映画だと思いました。

観終わってほんの少したってから感じたこの映画の良さ。  それはコーラスの美しさもさることながら、あの風采の上がらない(ハゲ & 小太り & チビ)の先生(ジェラール・ジュニョ)の抑制された演技にあったのではないかと感じ始めました。  彼は「偉大な(著名な)音楽家」にはなれなかった、自身が「落ちこぼれ音楽家」と自嘲的に言うようなそんな人物。  でも、そんな「すべてが思い通りにはならない人生」を歩んできた人だからこそわかってあげられる「子供たちの淋しさ」にそっと寄り添い、語りすぎもせず、構いすぎもせず、体制(力・権力)と必要以上の摩擦も起こさない。  で、時には美しい「お母さん」に心をときめかせ、呆気なく玉砕しちゃったり・・・・。  (初めてのデート?のカフェで彼女が去ったすぐ後に、彼女が座っていた椅子を持っていかれちゃうところなんかとっても切ない・・・・笑)  派手なところが何にもないからこそ、観ている人に古きよき時代のノスタルジーを感じさせる・・・・そんな映画だと思います。

まあ、そんな叙情的な映画なんだけど、それなりに突っ込みどころはあって「あの譜面台を命じられた子供のその後の人生はどうだったんだろう?」とか、ほぼラストで解雇されちゃって学校を出て行くときに、見送りには来てくれなかった「子供たちがせっかく飛ばしてくれた紙飛行機 (with message) は全部拾えよ!」とか・・・・。  でも、そんなオチャラケは許してくれない、品のよさにあふれた作品でした。

題名がコーラスだし、そのコーラスの中でソロを担当していたジャン=バティスト・モイエ君の美少年ぶり、美声が際立つ映画だったけれど、先生に懐いてしまったペピノ少年の愛らしさも絶品です。  何だか捨てられた子犬みたいな雰囲気で、学校を去らなければならなくなってしまった先生の後を、1人だけ走って追ってくる。  振り払っても振り払っても追いかけてくる子犬そのもので、KiKi も「お持ち帰り」したい衝動にかられてしまいました。(笑)

 

 

ゴッドファーザー Part III

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ゴッドファーザー Part III
1990年 アメリカ 監督:フランシス・フォード・コッポラ


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ファミリーの存続のため、実の兄まで殺したマイケル。  老境にさしかかったマイケルは、ファミリーのさらなる繁栄のため、バチカンとの連携を模索する。  そして新たな後継者を考慮していた...。

前作から20年後の79年から物語は始まる。  ファミリーの血の絆のためには妻をも犠牲にしたマイケル。  さらなる野望を実現しようとしたマイケルの進む道は、これまで以上に血塗られたいばらの道だった。

アル・パチーノが老境に達したマイケルを重厚に演じ、アンディ・ガルシアがその後継者としてはつらつとした演技を見せる。  トリロジーの最終章にふさわしく、ダイアン・キートンほか豪華なレギュラー俳優陣に、コッポラ監督の愛娘ソフィアが加わっている。(アルジオン北村)

                                Amazon サイトより転載 
  

傑作の誉れ高い前2作と比較すると「駄作」とか「蛇足」という評価の多いこの作品ですが、KiKi はこの作品が嫌いではありません。  完成度という意味では Part II にははるかに及ばないとは思うけれど、「老い」の境地に達すれば見てくれはある程度醜くなるのは普通だし、弱気にもなっていくものだと思うんですよね。  逆に時代が生んでしまった怪物・マイケルが老境の域に達してようやく少しずつ失ったものを取り戻す・・・・・と言うか、取り戻すための努力をしてあがくというのは説得力のあるシナリオだと思いました。  Part II の Review にもちょっと書いたけれど、やはりこのシリーズは「アメリカ版平家物語」なんだと思うんですよね。

トムが出てこないのは残念だったし、監督の愛娘はどう贔屓目に見てもミスキャストだったと思うし、シチリアでヴィンセント(アンディ・ガルシア)が雇ったボディーガードはあまりにも軟弱だったけれど、全体としてはそこそこよくまとまった作品だと思います。  それにね、KiKi はこの映画が公開されたぐらいの頃、アンディ・ガルシアが結構好きだったんですよね~。  「アンタッチャブル」のアンディは本当にカッコよかった  難点を言えば、そのヴィンセントとメアリー(ソフィア・コッポラ)の近親相姦的恋愛って必要だったのかなぁ・・・・・という疑問が後々まで残ったということ。  お断りしておきますがこれは決してアンディが好きだった KiKi の嫉妬でも何でもありませんからね(笑)。  まあ、今作では敵が仕掛けてきた陰謀の作りこみがかなり雑で、その陰謀の全容が露見するためには誰かがそれを発見しなくちゃいけなくて、そのためにはヴィンセントが敵の懐に飛び込む必要があって、敵にそんなヴィンセントを受け入れさせるためには、「ドンの娘とどうにかして結婚したい」という相談をもちかけるという必要性があって、それで無理やり2人をくっつけちゃった・・・・・みたいな安っぽさを感じちゃうんですよね。

まあ、それはさておきこの映画の Review です。  現実の世界でもマフィアが街中で拳銃をバンバンぶっ放していたのは随分昔のことで、今では「どこかの一流会社の重役です。」とか「没落貴族の末裔です。」なんて言われても「へぇ、そうなんだ。」と思えてしまうようなご時世です。  マフィアの世界の変貌を見事に捉えている作品だと思いました。  コルレオーネ・ファミリーが「財団運営」しているのもとっても自然な流れだと思ったし、Part II ではせいぜいネバダ州出身の議員相手に偽善ごっこをしていたのが、今作では伝統あるバチカンを相手にしているのも説得力のある展開だったと思います。  (法王庁から文句は来なかったんでしょうか??)  そして、何よりも説得力があると感じたのは、あの計算高い冷血漢だったマイケルのあまりにも大きな変貌です。  「老い」とか自分の「死」を意識するようになって自分の行ってきたことのツケが回ってくるというのは、若いうちは絶対に認めたくないことだけれど、これは事実だと思うんですよね。  だからこそ、人はがむしゃらに頑張っている時期を通り過ぎると「名誉」を欲しがったり、「慈善事業」に邁進したりするわけだし・・・・・。

 

 

ゴッドファーザー Part II

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ゴッドファーザー Part II
1974年 アメリカ 監督:フランシス・フォード・コッポラ


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前作でファミリーの長となったマイケルは、新しいドンとして苦難の道を歩む。  それはちょうど海を渡った父ドン・コルレオーネが、一代でファミリーを築きあげた苦難の道のりと好対照だった...。

大ヒット作の続編は、若き日のドンと現在のその息子という、2つのストーリーがフラッシュバックする。  若き日のドンとして並外れた演技力を披露したロバート・デ・ニーロがアカデミー助演男優賞に輝けば、アル・パチーノは表向きは事業家として闇の世界を牛耳るドンを好演した。

74年のアカデミー作品賞ほか全6部門受賞。  銃声を消すためシーツでくるんだ拳銃から、鈍い発射音と硝煙がたなびくなど、衝撃的でしかし詩的な映像が見ものである。(アルジオン北村)

                                Amazon サイトより転載 
  

Part I の Review にも書いたことですが、あまりにも有名なこの映画と KiKi との出会いは意外にも遅く20代前半の頃でした。  その時見たのは「完全版」と呼ばれる特別編集版で、時系列の編集とキャラの個性を際立たせる追加映像つきのものだったので、KiKi にはわかりやすい作品に仕上がっていました。  その後、公開されたものと同じ編集の作品を観た際には頭の中に様々な情報がインプットされていたので、あまり戸惑うことなく作品を堪能することができました。  個人的には娯楽性の強い Part I よりもこちらの Part II の方が好きな作品です。  マーロン・ブランドが出ていないのはとても残念だけど・・・・。  でも、その代わりと言っては何ですが、ロバート・デニーロの名演技を観ることができます。  この映画を最初に観たときに、KiKi が感じたのは「この映画ってアメリカ版、平家物語だな~」ということ。

 

祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色,盛者必衰の理をあらわす・・・・

 

祇園精舎の鐘ならぬ教会のオルガンの音・・・・ではあるけれど、この映画全編を覆っているのはまさに諸行無常の響きのような気がするんですよね~。  シチリア島に生まれたヴィト・アンドリーニがドン・コルレオーネになっていく姿と、自分に課せられた宿命を背負う形でその跡を継いだマイケル・コルレオーネの物語が交互に語り継がれます。  方や父親は孤独のどん底の生活からスタートし、少しずつまわりに人が集まってきて一大ファミリーを築いていくのに対し、方やその息子はその肥大化したファミリーを受け継ぎそれを何とか守り抜こうとするものの、少しずつまわりから人が去っていってしまいます。  ヴィトー・コルレオーネに対してファミリーの人々は畏れと同時に親しみも感じているけれど、その息子のマイケルに対しては恐怖心のみを抱いています。  この対比に諸行無常・・・とか盛者必衰の理を感じずにはいられません。


 

ラヴァーズ

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ラヴァーズ 
2004年 中国 監督:チャン・イーモウ


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西暦859年、唐代の中国で、朝廷は反乱軍最大の『飛刀門』撲滅を画策。 官史の金と瀏に、指導者を10日以内に捕らえるように命ずる。 飛刀門の娘と思われる小妹は目が不自由で、金は反乱戦士を装い小妹に接近。 捕らえられた彼女を救出するふりして、敵のアジトまで導かせようと企むが、旅の途中でふたりの心はひかれあってしまう。

 小妹にチャン・ツィイー、金に金城武、瀏にアンディ・ラウ。 中国、台湾、香港のスターの豪華共演となる本作は、チャン・イーモウ監督作で、同じくイーモウ作品『HERO』のスタッフが結集。 激しいアクションが多く出てくるが、内容は濃厚なラブストーリー。 とはいえ、金と小妹に別の人物がからんで三角関係になり、加えて、誰を信じていいのかわからないトリックも隠され、ストーリーは二転三転。 仕掛けたっぷりのスリリングな作品だ。 ワダエミの鮮やかな衣装が舞うアクションなど、ヴィジュアルの美しさにも圧倒される。 また主役3人が美男美女ゆえか、クローズアップも多く、三人三様の魅力をたっぷり堪能できる、見事なスター映画に仕上がっている。(斎藤 香)
                           Amazon サイトより転載  
  


だいぶ前にレンタルで「HERO」を観て大きな感動を味わったので、この作品をレンタル DVD 屋さんで観つけたときから1度は観てみたいと思っていました。  でも、これも人気作っていうことなんでしょうね、ず~っと貸し出し中で観ること敵わず・・・・。  で、お正月前に世間の皆さんが里帰りされていらっしゃる間であればひょっとして・・・・と思いチャレンジし、案の定、問題なく借りることができました。

さすがに「HERO」のスタッフが再結成して作った映画だけのことはあり、映像美は半端じゃなく素晴らしい!!  ワダエミさんの衣装もこういう舞台だと映えるしね。  でもねぇ、映画の内容・・・・となると正直なところ KiKi はさほど感動しませんでした・・・・と、言うよりほとんど何の感慨も持たないうちに終わっちゃったという感じです。  

「Lovers (ラヴァーズ)」というタイトルそのままに、三角関係の愛とバトルシーンを除くとこれと言ってみどころのある作品とは思えません。  何て言ったらいいんだろう、チャン・ツィー、金城武、アンディ・ラウの3人の美形俳優のプロモーシヨン・ビデオといった感じです。  上記アマゾンの評にもあるように、この3人のクローズアップのオンパレードで、彼らのファンにはたまらない作品なのかもしれませんが・・・。  全編で2回に渡って出てくる「何故戻ったの?」「戻るさ、君のためなら」が全てで、それ以上でも以下でもない映画・・・という印象です。

特撮にはそれなりに力が入っていると思いましたが、今となっては特別目を見張るほどのものではないし、そもそも映画鑑賞する際に特撮にさほどの価値を見出していない KiKi にとっては、それはおまけみたいなもの。  これってあんなになかなか借りられないほどの人気作だったんだろうか???  まあ、Asian Beauty のチャン・ツィーを堪能したい方にはオススメできる映画かと・・・・・。

今作の Review はおしまい。  短かっ!!

ゴッドファーザー

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ゴッドファーザー
1972年 アメリカ 監督:フランシス・フォード・コッポラ


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1947年、ニューヨークでマフィアの抗争が激化した。  敵対するタッタリア・ファミリーにドンを襲われたコルレオーネ・ファミリーでは、ソニーとマイケルの兄弟が戦いの中心人物となる。

マリオ・プーゾのベストセラー小説の映画化で、フランシス・フォード・コッポラ監督の名を一躍有名にした傑作である。  ジェームズ・カーン、アル・パチーノ、ロバート・デュヴァルらの演技と、静かなタッチのなかに展開する凄惨な抗争描写が見もの。  以後のバイオレンス作品の手本となった。

ドン・コルレオーネを演じたマーロン・ブランドがアカデミー主演男優賞を受賞したほか、作品賞と脚色賞も受賞した。  ニーノ・ロータによるテーマ曲も印象的である。(アルジオン北村)

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あまりにも有名なこの映画と KiKi との出会いは意外にも遅く20代前半の頃でした。  (もちろんリアルタイムではありません。)  でも初めてこの映画を観たとき、20代になってから観てよかったと思いました。  それ以前の純粋で暴力と名のつくものはすべて毛嫌いしていた頃の KiKi にはまったく理解できない世界だっただろうなと感じたからです。  ついでに言うと、KiKi が最初に観たのが「特別完全版」という Part I と Part II を年代順に編集し直した、監督による追加映像入りの作品だったのがさらによかったと思います。  多分この「特別完全版」でヴィトーの半生を知らない状態のままこの Part I を観たら、いくら 20代前半に入っていた KiKi とは言え、マフィアを主題にしていることに対する嫌悪感がまず先にたってしまい、やはり冷静にはこの映画を観ることができなかったと思います。

さて、今回このタイミングでこの映画を観直してみようと思ったのにはいくつか理由があります。

1) NHKの衛星映画劇場で放映されることを知って懐かしく思い出だしたから
2) 先日観た映画が「許されざる者」で同じように「許されざる者」を描いたこの作品を観たくなったから
3) 2)よりもさらにちょっと前に観たのが「13 デイズ」と「JFK」でこの映画の年代・ストーリーとダブルところがあるから

さて、Review を書くにあたり、極力この作品(Part I) のみの感想を書きたいとは思うのですが、実際にはこの物語は Part I と II でひとつのお話となっていると思うので(Part III もそういう意味では一大叙事詩の一部だけど、さすがにちょっと間があいているのであの作品だけは別物として観ることが可能だと思います。)、ある程度 Part II を意識した書き方になってしまうだろうことを最初にお断りしておきます。

映画はヴィトーの愛娘、コニーの結婚式の日のコルレオーネ家から始まります。  初めてこの映画を観たときには知らなかったんだけど、マフィアさんの故郷・シチリアには結婚式の日の頼まれごとは叶えてあげなくちゃいけないという風習があるのだそうです。  でも、そこは一般家庭ならぬマフィアさんちの結婚式なので、頼まれごとがちょっと一般的ではありません。  最初に頼みごとをしてくる葬儀屋さんのリクエストはいきなり殺人です。  でも、このシーンで若かりし頃の KiKi が「おや?」と思ったのは、いくら殺人が日常ちゃめしごとのマフィアさんと言えども、ほいほいとそれを受けるわけでもなく、まして金で動くわけでもなく、コミュニティの一員としての認知(要するに信頼関係・仲間意識)に全てがかかっているらしいということ。  そして、何でもかんでも殺しちゃうわけではなくて、裁判所や警察という公の機関が公正に裁いてくれなくて(?)やるせなく思っている人の気持ちを救うために、「やりすぎない程度に相手を痛めつける」だけで終わらせようとするということ。

もちろん、だからと言って「暴力」や「復讐」を是認することはできないけれど、この映画を観ていて KiKi が初めて理解したのは「暴力」というのは「力」の一種である・・・・というある種当たり前のことでした。  色々な美辞麗句によって正当化されている「権力」も「力」なら「暴力」も「力」であるという、当たり前のことにそれまでの KiKi は本当の意味では気がついていませんでした。  否、暴力を毛嫌いするがゆえにそれに気がつきたくなかったのです。

 

 

ラスト・サムライ

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ラスト・サムライ
2003年 アメリカ 監督・脚本・製作:エドワード・ズウィック


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トム・クルーズ演じるネイサン・オールグレン大尉は、かつて南北戦争で国と名誉のために命を賭けた英雄であった。  しかし、今や戦争も終わり、移り変わる時代に取り残されていた。  そんな彼が政府に雇われ、サムライと戦うために日本にやってきた。  渡辺謙(アカデミー賞助演男優賞ノミネート)演じる勝元は、サムライ一族の長であり、深く尊敬されている男だ。  明治維新後の日本、押し寄せる近代化の波の中、勝元はサムライの時代の終わりを察知していた。  しかし勝元は戦わずして去るつもりはなかった。  そして2人の戦士が出会い、運命がひとつに重なった時、歴史の扉が開いた・・・・。  監督のエドワード・ズウィックは、この情感溢れる近代日本の幕開けを描いた一大叙事詩を見事に描き、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞・監督賞を受賞した。 
  

日本人俳優、ケン・ワタナベがアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされたり、ハリウッド製作の映画のわりには日本描写が悪くないという評判やら、日本ではけっこう好評を博したらしいこの映画について、ちょっと天邪鬼の KiKi なりの Review を書いてみたいと思います。  まず最初にお断りを・・・。  KiKi はこの映画はどちらかというと嫌いです。  フジヤマ・ゲイシャの日本を描くハリウッド映画も嫌いだけど、個人的にはそんな映画よりもこの映画のほうがタチが悪いと思っています。  もっとも余計なことを色々考えずに娯楽作品として観ればそれなりに楽しめる映画だとは思うのですけどね。  (だから、すごく嫌いではなくどちらかというと嫌いという評価になるわけです。)

日本人俳優をこれでもかっていうほど思いきり持ち上げおいしい役どころを与えてくれる反面、あの色男トム・クルーズに汚れ役(真田広之に唾をはきかけられちゃうし、剣道指南と称してコテンパンにやられて鼻血を出しちゃうし、ヒロインの小雪に「臭い」と言われちゃうし・・・・)をやらせた映画なので、日本人としては観ていて結構気持ちいい。  まして、ケン・ワタナベが映画の殿堂アカデミー賞にノミネートされて、日本メディアのみならず海外メディアにも注目されて、「日本の役者もここまでやれる」的な演出に一役も二役もかっていただいたことには感謝、感謝・・・・・させられる手法はさすがハリウッドです。

でもね、根っこが天邪鬼の KiKi はどうしてもこの映画を素直に観ることができないんですよね。  だって、製作されたのが 2003 年だよ。  名誉を重んじ、仁義や忠に篤い精神性の美学を持った高潔なるサムライだよ。  インディアン虐殺とのオーバーラップだよ。  トム(=アメリカ)はそんな誇りある日本人たちのお友達なんだよ。  悪者は私利私欲を貪っている権力者なんだよ。  そんな設定に隠された裏の意図のようなものを感じて仕方ないんですよね。  で、そんなことを感じながらこの映画を観るものだから、様々な悲観的な妄想が頭の中をグルグルめぐっちゃって、「おめでとうハリウッド!  あなた方のプロモーションは大成功だね♪」なんていう皮肉まで口をついてでてきてしまいそう・・・・・(笑)。


 

グリーン・デスティニー

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グリーン・デスティニー 
2000年 アメリカ・中国 監督:アン・リー


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 全4巻の武侠小説を名匠アン・リー監督が映画化。  「武侠」とは、中国に語り継がれる不思議な能力をもつ英雄伝説のこと。  名剣グリーン・デスティニーの使い手、リーに扮するチョウ・ユンファを中心に、許されない恋のため、はたまた幻の秘伝書をめぐって、美しき男女が武術を競う。

 屋根の上をぴょんぴょんと飛び回り、壁を駆け上がり、宙を舞い、水の上を滑るように渡っていく。  しかも、その凄い技を見せてくれるのが可憐な女性たちなのだ。  愛のために戦う女性は強く美しい。

 アクション監督は『マトリックス』のユエン・ウーピン。  彼の操るワイヤーワークは、観る者の心をワクワクと高鳴らせてくれる。  特に竹林の中で戦うシーンは、一幅の絵巻物でも見ているかのようだ。  ファンタジー、アクション、ラブストーリのすべてを楽しませてくれる秀作。  第73回アカデミー賞で4部門受賞。(斉藤洋美)
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先日、ラヴァーズを観て何だか急にこの映画が懐かしくなってしまった KiKi。  早速レンタル屋さんで借りてきました。  それにしてもここ何年かは本当にアジア映画が素晴らしい!!  ハリウッドさん、頑張ってね~♪  

それはさておき、この映画の原題は「臥虎藏龍」(Crouching Tiger Hidden Dragon)。  臥虎藏龍って字をそのまんま解釈すると「屈んでいる(伏している)虎、隠された龍」っていう感じですよね。  で、恐らくその意味は「山に潜み伏している虎は一見おとなしそうであっても常に攻撃力を備えている」っていう感じ。  まあひらたく言えば「見かけと中身は大違い」っていうことでしょうか・・・・(ちょっと違うか ^^; )  でも、そう読み解いてこの映画を観てみると、このタイトルってこの映画のメインの登場人物の誰にでもあてはまることのような気がします。

父親の出世のために気乗りのしないまま嫁入りしようとする可憐な貴族の娘イェン(チャン・ツィー)が書物の世界の中の武侠に憧れ、子供の頃から武芸の修行をしていてすでに師匠を超えちゃっているっていうのはまさしく「臥虎藏龍」だし、心の奥底に隠された恋人を熱く思っているっていうのも「臥虎藏龍」。  長年の戦い(& 恋煩い)に身も心も疲れ果て、武侠の世界からの引退を考えて自分の分身とも言うべき名剣を手放す決心をしたリー・ムーバイ(チョウ・ユンファ)がイェンに出会ったことにより、彼女に自分の秘伝を伝えたいと熱望しちゃったり、師匠の仇ジェイド・フォックス(碧眼狐)に再会しちゃうやいなや、やっぱり復讐に燃えちゃうのも「臥虎藏龍」。  過去のしがらみからお互いにお互いを心から思い合っていながらも、ずっとそれを秘め続けているリー・ムーバイとユー・シューリン(ミシェル・ヨー)の静かだけど熱い想いも「臥虎藏龍」。  最愛の弟子に裏切られてしまって、どうしてもそれが許せないジェイド・フォックスの心の葛藤も「臥虎藏龍」。  因みにどうでもいいことではあるけれど、イェンの名前が「玉嬌龍」で、彼女の恋人ローの名が「羅小虎」なんていう小技も効かされていたりします(笑)。

 

 

許されざる者

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許されざる者
1992年 アメリカ 製作・監督:クリント・イーストウッド


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19世紀末のワイオミング。  かつて冷酷無比な殺人鬼として悪名を馳せていたウィリアム・マーニー(クリント・イーストウッド)は、今では改心して小さな農場で静かに暮らしていた。  しかし数年前に妻に先立たれ、まだ小さな子供2人を抱えての生活は決して楽ではなかった。  そんなある日、彼の元に若いガンマンが賞金稼ぎの話しを持って来る。  1人の娼婦を惨殺したカウボーイの首に、娼婦仲間たちが高額の賞金を懸けているのだという。  金のためにやむなくその話に乗ったマーニーは、昔の相棒・ネッドと共にビッグ・ウィスキーへと向かう。  ところがそこは悪徳保安官、ビル・ダゲットが牛耳る町だった...。
 
  

先だって「ショーシャンクの空に」の映画 Review を掲載してみたところ、とあるお客様からこの映画の Review をリクエストしていただき、たまたま2006年3月15日の NHK 衛星映画劇場でやっていたので観てみました。  この映画、過去に1度観たことがあったのですが、あまりにも深すぎてこの映画から何を感じたのかを自分なりに整理することができなかった映画だったことを思い出しました。  今日は頑張って(?)色々書き連ねてみたいと思います。

この映画、もちろん単体で観ても良い映画だと思うんですが、KiKi としてはできることならイーストウッドが出ていたクラシックな西部劇を観たうえでこの作品を観ることをオススメしたいと思います。  彼が過去に出ていた西部劇(勧善懲悪 & かっこいいアメリカ人のヒーロー)とは一線を画す作品でありながら、あの頃の西部劇のテイストは見事に再現しているという摩訶不思議な作品だと思います。

KiKi にとってまずとっても象徴的に見えたのが、彼のかつてのガンマン仲間であるネッド(モーガン・フリーマン)が黒人であるということ。  さらにその妻がかつての西部劇では悪の象徴的に描かれることが多かったネイティブ・アメリカンであるということ。  KiKi はクラシックな西部劇の持つ娯楽性は決して嫌いじゃないし、子供の頃は無邪気にも「か~っこいい!!」と憧憬の念すら抱いていたけれど、年を重ね色々なことが理解できるようになるにつれ、「アメリカの自己弁護正当化映画の最先端」をいくのが西部劇なんだなぁと思うようになりました。  (だから声高に批判しようとまでは思わないけれど・・・・)  過去の西部劇に出てくるネイティブ・アメリカンってどちらかと言うと、白人が苦労の末に敷設して町の発展に大いに貢献している鉄道なんかにゲリラ戦を挑むテロリスト的な描き方(悪の象徴)をしていることが多かったんですよね(笑)。  で、そんな無法者たちと戦う孤高のガンマン(善の象徴)みたいな設定。  物事を多面的に捉えることができなかった子供の頃はそんな風に善と悪が単純化された構図はとっても分かりやすかったし、絶対的な正義みたいなものを信じていられた頃には悪は根っからの悪と簡単に信じることができる物語に酔いしれているほうが楽だったし。

でも、大人になるにつれ、「絶対的な正義って何だろう?  そもそもそんなものがあるんだろうか?」と疑う気持ちが生まれ、世の中は善と悪が対立するっていうほどシンプルな構図ばかりじゃないことを知り、新聞やTV、そして映画の中に含まれる物事をいたずらに単純化するようなものの見方に疑問を持つようになるにつれ、善悪を見極める難しさについて感じるようになりました。  その想いを強くしたのはTVゲームに出てくるあるキャラクターのセリフでした。  

モリッド:    「そんな一本調子ではままならぬことも多かろう?」
スタイナー:  「ままなろうとなかろうと正しいことをする。  それが1番なのである!」
モリッド:    「ほう、お前さんは正しいかどうかを判断できると言うのだね?」
スタイナー:  「正しいか正しくないかは誰にだってわかろう?」
モリッド:    「ふぉっふぉっ  見た目に似合わずお若いの。」

ま、それはさておき。  この映画の物語の発端はワイオミングのビッグ・ウィスキーという町で発生したカウボーイによる娼婦への暴行傷害事件です。  で、その事件を担当したビル・タゲット(ジーン・ハックマン)という保安官が、この事件を裁判にかけることもなく彼の裁量1つで馬7頭分の罰金を支払うことでチャラにしてしまいました。  しかもその罰金は傷つけられた娼婦に対してではなく、その雇い主の男に支払うことにしてしまったのです。  この設定に KiKi は舌を巻きました。  まあ、悪徳保安官というのは相も変わらずのクラシックな西部劇の設定だけど、ここにはかつてのならず者が保安官という力を得、その力を一方的な価値観で行使するという何ともおぞましい姿が描かれています。  その後の彼の行動を見れば、彼は娼婦を蔑視するような人間であり、流れ者には必要以上に厳しく、「危険な銃をこの町には持ち込んではならない」という一見誰もがウンウンと頷きそうな標語と自分が得た正当化された力をもって町を独裁化している暴君に過ぎないことがわかります。

 

グッドナイト・ムーン

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グッドナイト・ムーン
1998年 アメリカ 監督: クリス・コロンバス


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 イザベルは売れっ子のフォトグラファー。  1年前から続いている弁護士ルークとの恋も順調で、同居生活をスタートさせる。  しかし、彼には12歳の娘と7歳の息子がいた。  2人の子供に気に入られようと奮闘するイザベルであったが、空回りの連続。  しかもルークの先妻ジャッキーは家庭的で完璧な母親だった。  子供たちを愛するあまり、イザベルにも辛く当たるジャッキーであったが、彼女には誰にもいえない秘密が・・・・。

ホーム・コメディの天才クリス・コロンバスが晩秋のニューヨークを舞台に、時にユーモラスに、時に切なく、新しい家族のあり方を描く感動作。  
  


この映画は大好きな映画の1本です。  KiKi はどちらかと言うとジュリア・ロバーツが苦手なんだけど、この映画の中のジュリア・ロバーツは良かった♪  若くて才能があって売れっ子のカメラマンで、まだまだキャリアを大切にしたいお年頃・・・・のはずなんだけど、ルーク(エド・ハリス)を愛するがゆえに子供たちと仲良くなりたいと思って孤軍奮闘 & 失敗の連続・・・・だったのが、少しずつ少しずつ、彼女なりに努力をして家族の輪の中に入っていく様子がなんとも微笑ましい作品です。  又、彼女に対抗心を燃やすルークの元妻、ジャッキー(スーザン・サランドン)の演技が素晴らしい!!  恋人と元妻の間でちょっとオロオロしつつも、両方の立場を慮りさらにひたすら子供を気遣うルーク(エド・ハリス)も、彼でなければこのちょっと中途半端な男の役にここまでの存在感を持たせることはできなかっただろうなぁ・・・・と思わせます。  

離婚がさほど珍しくもなくなってきた昨今の日本であっても、こんな家族のあり方はちょっと「夢物語」的な感じがしないでもないけれど、この映画を観て「家族というのはそれぞれがその人なりの努力をちゃんとして、お互いに助け合い、作り上げていくもの」という、ある意味では当たり前のことを再認識させられました。

 

 

耳をすませば

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耳をすませば
1995年 日本 監督:近藤喜文


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雫は中学3年生。  両親と大学生の姉とともに東京近郊の団地に住む、ごく普通の読書好きの女の子だ。  そんな雫が親しくなった同級生の少年は、中学を卒業したらすぐに、バイオリン職人になるためにイタリアに渡ると言う。  進路について深く考えていなかった自分に気づいた雫が、自分のやりたいこととして選んだのは...。
脚本とプロデュースを宮崎駿、監督は数々のジブリ作品でキャラクターデザインや作画監督を務めた近藤喜文が担当。  思春期の迷いや焦り、そして出会いがもたらす成長を、変わりゆく季節の様子とともにみずみずしく描き上げた。

特筆すべきは、背景の描き込みの細やかさ。  団地の階段や学校の廊下、街なかの看板に至るまでリアルに、しかし温かみを持って描写され、これが「特別な人の物語」ではないことを示しているようだ。  これから巣立ち、自分の道を歩む人たちにふさわしい歌として原曲を大胆に翻案したテーマソング「カントリーロード」も印象的。  見終わるころにはコンクリートでできた街並みに不思議な郷愁を覚える、そんな秀作である。(安川正吾)
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宮崎アニメは決して嫌いではない KiKi ですが、ここ何年かの作品は観ていません。  「千と千尋」はアカデミー賞にノミネートされたというニュースを見たり、巷ではかなりの評判らしいという話を聞いてレンタル屋さんで借りて観てみたのですが、正直なところ KiKi の心の琴線に訴えてくるものはあまりありませんでした。 ^^;  すご~く正直に言うと、KiKi は宮崎アニメの最高傑作は「魔女の宅急便」だったと思っていて、それ以降の作品については世間様が騒ぐほどには「ああ、この作品はいいなぁ~」とは思ったことがないんですよね。  だからちゃんとリアルタイムで観ていたのは「紅の豚」ぐらいまでで、その後の作品は何かきっかけがあれば観る・・・・・という程度のスタンスになってしまっています。

ところがこの「耳をすませば」に関しては、前から1度は観たい作品だと思っていました。  と言うのも、さほど深くはないけれどちょっとした理由があったんですよね~。  その理由というのは、この物語の登場人物の1人がヴァイオリン職人になりたいと思っている人らしい・・・・・ということ。  クラシック音楽をこよなく愛している KiKi としては、ヴァイオリンだとかチェロだとかピアノに関係する映画や小説には目がないんですよ(笑)。  でもそんなことを言いつつも今日まで観ていないのにも理由があって、


1. アニメだから
2. この映画のセル DVD が高くて滅多にセールにならないから
3. KiKi の自宅近くのレンタル DVD 屋さんのこの作品のパッケージがちょっと汚いから

というなんとも情けない理由だったりします。

さて、その「耳をすませば」を 2006年3月10日の日本 TV、金曜ロードショーで放映されるというニュースを小耳に挟み、今回ようやく念願かなって観ることができました。

う~ん、悪くはないんだけど、「あ、そう。」っていう感じのお話だなぁ・・・・・というのが見終わった直後の KiKi の感想です。  Amazon サイトのこの作品に関するコメントにもあるように、物語背景になる舞台の描きこみの細やかさは素晴らしいと思いました。  でもね、KiKi の年齢になると「進路に悩む中学生」のお話というのはさほどピンとこないんですよね。  それに、中学生で自分の進む道を見つけなくちゃいけないなんて誰が言ったんだ???  KiKi なんてこの年齢になって尚、進路変更をしようなんて考えているぐらいなのに・・・・・ ^^;

もちろん中学生が自分の進路について何も考えなくていいなんていうことを言うつもりはありません。  でもね、生きるっていうのは「自分とは何者か」を探求することだと思っている KiKi にしてみると「何となく1日が過ぎちゃう」ことに親のスネかじりの中学生ごときが焦ったりする必要はないと思うわけでして・・・・・。  それに生きること = 生命を維持できる程度に衣食住を賄うことでもあるわけで・・・・・。  そんな現実的なことを言うと「夢がない」とか言って声高に批判する人がいるけれど、KiKi はそれって「夢が絶対必要だと思い込んじゃう症候群」じゃないかと思うんですよね。  第一、今の日本のように物や技術や食料に恵まれているわけではない世界に生きている人たちにとっての切実な夢は「1日でも長く、健康に、そして平和に生き延びること」だったりもするわけで・・・・・。

 

キングダム・オブ・ヘブン

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キングダム・オブ・ヘブン 
2005年 アメリカ 監督・製作:リドリー・スコット


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 『グラディエーター』などの巨匠、リドリー・スコット監督が、12世紀を舞台に、十字軍とエルサレムの関係を史実に基づいて描いた壮大なアクション絵巻。  主人公はフランスで鍛冶屋を営んでいた青年バリアンで、突然現れた父の誘いで十字軍遠征に参加した彼が、父の意志を継ぎ、エルサレムに平和をもたらすべく苦闘する。  バリアンの騎士としての成長に、エルサレムでのキリスト教とイスラム教の共存と攻防、王の妹とバリアンの道ならぬ恋が絡んでいく。

 12世紀のエルサレムの光景や、生々しいアクションなど、スコット監督らしい映像のパワーは今回も健在。  とくにクライマックスの城壁での戦闘では、巨大なセットと大量のエキストラ、実物大で作られた「攻囲塔」の倒壊など、細部まで衝撃的な迫力だ。  宗教対立と譲歩のドラマが、現代の世界情勢を連想させるのも皮肉。  主演オーランド・ブルームは、これまでの繊細なイメージを捨て、男くさい魅力を発揮しているが、バリアンの禁断の恋の行方や心の成長にあまり踏み込まなかった点は、ファンにとってやや肩すかしか。(斉藤博昭)
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オーランド・ブルームのファンでもない KiKi がこの映画を借りてみようと思ったのは、あまりにも大々的なレンタル屋さんの POP の影響・・・・というのもあるのですが、もっと根本的にコスチュームものが大好き!ということにも由来しています。  それに十字軍をテーマにしているというのも、KiKi にとってはちょっとキャッチーでした。  十字軍と言えばまだ中学生の頃、キリスト教にちょっと興味を持ち始めた KiKi に何となく二の足を踏ませた記念碑的(?)な歴史上のできごとだったりします。  もともとクラシック音楽、それも教会音楽からスタートした KiKi のキリスト教に対する興味は、歴史の時間に学んだ十字軍の遠征の物語によって木っ端微塵に砕け散り、その後のおよそすべての宗教に対する懐疑的な目線の基礎を形作ったものなのです。  KiKi の懐疑的な目線の基礎の根幹にあるもの。  それはいみじくもこの映画の中でデヴィッド・シューリス(ルーピン先生@ハリポタでお馴染み)演じるザ・ホスピタラーのセリフにあります。  曰く

「神の意思と称し、狂信者がいかに非道なことを行ったか。  聖人とは弱きもののために勇気をもって正義を行う人々のことです。  神の望む善というものは、ここ(頭)とここ(ハート)に。  善人かどうかは日々の行いが決めます。」

そうなんですよね。  もちろん KiKi だって問題がキリスト教とかその他宗教の教えそのものにあるとは考えていません。  でも、その教えに人間、特に集団が絡んだとき、さらにはその集団の中に何らかの思惑が絡んだとき、恐ろしいものを生み出してしまう。  それを考えるとどうしても KiKi は何らかの宗教に帰依し、集会に参加することはしたくない。  KiKi の考える神様というのは全知全能でもなければ、全てを司るものでもない。  もっと自然や人間と共にあり、素朴なものであってほしい・・・・。  だから精霊みたいな存在の方がすんなり受け入れられちゃうんです。  ・・・・と、別にここで宗教談義をするつもりは毛頭なくて、ちょっと余談からこの映画の Review はスタートです。

 

魔女の宅急便

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魔女の宅急便
1989年 日本 プロデュース/脚本/監督:宮崎駿


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おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。

魔女の子は13歳になると、一人前の魔女になるために、一年間の修行に出なければなりません。  黒猫のジジと連れだって、海辺の街コリコにやってきた13歳の魔女キキ。  初めて訪れた大都会で、様々な出来事や人々とのふれあいの中で、孤独や挫折を経験しながら成長してゆきます。 
  

KiKi が宮崎アニメの中でもっとも好きな作品がこの「魔女の宅急便」です。  先日、「耳をすませば」の Review を書いていたら、無性にこの映画が観たくなってしまったので、早速観てみました。  独りの女の子の成長物語 & 人は自分ひとりだけでいきているわけではない & 自分に自信を持とう ということ以上には余計な下手に深遠なメッセージがないこの作品。  そのシンプルさが何よりも KiKi にとっては心地よいです。  やっぱりアニメにはあまり難解で複雑なテーマがあってはいけません! (って言うのは KiKi の手前勝手なアニメ論ですが・・・ ^^; )

この映画、主人公が魔女だし、テーマソングはユーミンだし、登場人物は善人ばかりだし(強いて悪役と呼ぶ人間を探すとしたら、せっかくのおばあちゃんの心づくしのお料理を「私、嫌いなのよね、これ。」と愛想もへったくりもなく言ってのけたちょっとタカビーな女の子ぐらい??)、セル DVD のパッケージはピンクだし(笑)、派手なバトルもファンファーレもないし、ついでにこの映画のコピーも「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」という女の子向けのものだし、どう考えても「女性向け作品」っぽさ満開だけど、KiKi はこれを人生賛歌だと思っています。

「耳をすませば」の Review にも書いたことなんだけど(以下転載)、

  
KiKi が「魔女の宅急便」を最高傑作だと思っているのは、あの物語の主人公のキキが魔女界の掟によって、独り立ちをしなくちゃいけない境遇に陥って、自分が持っている才能を生かして何とか「生活」することを考えるところからスタートしている物語だから・・・・というのもあるんですよね。  彼女は「生きるために」宅急便屋さんをやってみることにするのであって、別に子供の頃からず~っと「宅急便屋さん」になりたいと思っていたわけじゃない。  彼女はとにかくまず「自活」しなくちゃならなかったんです。  で、必要に迫られてその仕事を始めた彼女(そういう意味では「夢」とは程遠い)が、今自分にできることを精一杯やって、そしてお客さんと触れ合っているうちに彼女はその仕事に「やり甲斐」だとか「自分の存在価値」を見出していく物語になっているんですよね。  で、ちゃんと挫折も経験するし、そこから立ち直りもする(笑)。  あの映画を観ると、大きな夢を抱くのも大切なことだし素敵なことだけど、彼女のようにその時の自分にできることを一生懸命やりながら「自分探し」をするのも素敵なことだと思うんですよね。  「大きな夢」がないことは悪いことだ・・・・なんていうのは、KiKi はまやかしだと思うんです。 
  

というのが、KiKi がこの作品を大好きな理由のひとつ。  彼女がコリコの街で暮らすことを決意して、生活必需品を買い揃えるシーンでなけなしのお金を手に握り締めて、レジが表示する金額を心配気に見つめ、ほんの小銭のお釣りしかもらえなかったときにため息混じりにもらす「暮らすって物入りね・・・・。」は名言だと思います。  KiKi も社会人になったばかりの頃、同期入社の自宅通勤のお友達に、やれテニスだ、やれスキーだ、やれディスコだ、やれ飲み会だ(時代がわかる・・・)と誘われたとき、よく思いましたもん。  「暮らすって物入りなんだから、(みんなと同じように)そんなにしょっちゅう遊んでばかりはいられないの!!」って(笑)。

 

Quartet (カルテット)

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Quartet (カルテット)
2000年 日本 監督:久石譲


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映画音楽の第一人者、久石譲の初監督作品。  弦楽四重奏団を組んだ4人の若者の挫折と再起、愛と友情を爽やかに描いたジェネレーションムービー。  最初は演奏も考え方も噛み合わなかった4人が、ドサ回りツアーを通して徐々にまとまっていくが...。
                                        Amazon Site より転載
 
  


落ちこぼれ会計人であるのと同時にアマチュア・ピアノ弾き & チェロ・ビギナーでもある KiKi は根っこの部分でクラシック音楽や作曲家・演奏家を題材にしている映画には興味があります。  とは言えどもず~っと若い頃の KiKi の興味の対象はどうしても大作曲家とか大演奏家、そして名曲と呼ばれる大作に偏りがちでした。  この嗜好は映画の題材としてだけではなく、音楽を鑑賞する上でもまったく同じで、20代半ばぐらいまでの KiKi の興味は名人芸を披露するソロ曲や協奏曲、そして大きな管弦楽団が演奏する交響曲や管弦楽曲に偏りがちでした。  そう、この映画の主人公、袴田吉彦演じる相葉秋夫と同じように・・・・・。

でも、そんな KiKi が30の声を聞くようになった頃から、少しずつ室内楽に興味を持つようになりました。  もっともそれでも当初の KiKi の興味の対象となる室内楽はピアノが入っているピアノ○重奏とかある楽器の音色を際立たせる○○×重奏(クラリネット五重奏とか)がメインでした。  この映画の題材にもなっている Quartet (弦楽四重奏)に目覚めたのは30代半ば以降でした。  まあ、その Quartet への興味の延長線上にチェロを習い始めたという動機があったりするわけですが、それはまた別のところでお話しするとして・・・・(笑)。

・・・・と、言うことで20代の KiKi だったらほぼ確実に「観てみたい!!」とは思わなかっただろうこの映画。  たまたま NHK BS のミッドナイトシアターで放映されていたので録画して観てみました。

 

ホワイトアウト

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ホワイトアウト
2000年 日本 監督: 若松節朗


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最新装備で武装したテロリスト・グループにより、日本最大のダムが襲撃され、占拠される。  麓の20万世帯を人質にとった彼らの政府への要求は 50 億円。  ダムの全職員が捕らわれる中、偶然逃げおおせた富樫(織田裕二)は、仲間と住民を救うため、ただひとりテロリストに立ち向かう・・・・。


  
この映画は出演者だけで DVD 購入を決めた1本です。  実は KiKi は織田裕二クンは結構好きで、佐藤浩市さんはとっても好きで、松嶋菜々子嬢もまあ嫌いじゃない・・・・。  で、もう1人石黒賢クンも出てくるんだけど、織田裕二 & 石黒賢 と言えば、KiKi が大好きで DVD 化を延々と待ち続けている「振り返れば奴がいる」のコンビ。  この2人がいきなり仲良しなのにはちょっと面食らっちゃったけれど・・・・。  (後で知ったことなんだけど、あの「振り返れば奴がいる」はこの監督さんの作品だったんですね~。  あれ?  って言うことはこの監督さん、又、石黒賢クンを殺しちゃったんだ・・・・ ^^;)

特典ディスクやら本編ディスクのインタビューで織田クンが言っていたこと、「ハリウッドのアクションものは凄いけれど感情面は案外大雑把」とか「マッチョないかにもっていう人が戦うのを見るんだったら格闘技を見たほうがいい。  映画はやっぱり特別な人ではない普通の人が戦わざるをえない状況になって、頑張って戦うというような作品の方が共感できるんじゃないか」というのは、KiKi も同意しちゃうなぁ。

でもね、この映画、じゃあ感情面が細やかに描かれているかって言うと KiKi にはあまりそれは感じられませんでした。  何て言うのかな、前半がちょっとイマイチだと思うんですよ。  この映画の主人公・民間人の富樫が単身テロリストと戦うというそのモチベーションは「友との約束を守る」ということだと思うんだけど、その部分がそれほど丁寧に描かれているとは思えないんですよね。  だから主人公の気持ちに今ひとつ共感できないままお話がず~っと流れていっちゃったような気がします。  KiKi は「何で彼はこんな風にしてまでして戦わなくちゃいけないのか」その感情にはほとんど共鳴できないまま、ドンパチドンパチが始まってしまったという印象を持ち続けました。  で、最後の最後に「ああ、そうだったんだ。」と思わせてくれるんだけど、本当にそれが最後の最後なのでそこまでは単なるアクションものに見えちゃうわけです。  で、単なるアクションものだったらハリウッドの方がやっぱりすごいわけで・・・・(笑)

 

 

仮面の男

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仮面の男
1997年 アメリカ 監督・製作・脚色:ランダル・ウォレス


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17世紀、パリ。  飢餓に苦しむ市民をよそに、権力と贅沢に酔う若き王ルイ14世。  前国王に忠誠を誓った四銃士ダルタニアン、アラミス、アトス、ポルトスは、そんな現王の姿に胸を痛めていた。  やがて機は熟し、かつての四銃士は牢獄に閉じ込められている"仮面の男"を救出し、国家存続のために立ち上がる!  "仮面の男"-誰ひとり素顔を見たことのない、謎に包まれた男の正体とは?  そして四銃士の彼が企むかつてない陰謀とはー!?  「ブレイブハート」の脚本で様々な賞に輝いたランダル・ウォレスの初監督作。  
  


この映画はホント好きなんですよね♪  これまでに何回観たのかわからないぐらい、折に触れて観ています。  KiKi にコスチュームもの好きを自覚させた記念すべき作品であり、色気のあるオヤジを観たくなったら何はともあれこの作品を手に取ります(笑)。  一応主役は一人二役をこなしたレオ様ことレオナルド・ディカプリオなんですが、もともとレオ様には何の興味もない KiKi。  そもそも最初にこの映画に手を出した理由が何かといえば、それはジョン・マルコビッチ & ジェレミー・アイアンズ狙いだったりします。  いや~、好きなんですよね、この2人。  でも、この映画で最もカッコいいのは残念ながらこの2人ではなく、ガブリエル・バーンだったりするのですが・・・・。

そもそもこの映画には原作(というか元ネタ)があって、それは「鉄仮面」のタイトルで知られているお話です。  KiKi も子供の頃、デュマの作品やら同じ題材を扱ったと思われるその他得体の知れない作品をいくつか読んだ記憶があるのですが、映画は今までに KiKi が読んだどのお話ともちょっと違うみたいです。  ちょっと違ううえに、史実を著しく捻じ曲げちゃっている(これは小説の方も同じかも)から、ひょっとすると絶賛してはいけない映画なのかもしれません。  でもね、そんなことはどうでもいいんです。  オヤジたちがカッコよければ♪

 

ぼくの伯父さん

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ぼくの伯父さん
1958年 フランス・イタリア 監督・脚本:ジャック・タチ


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超モダンな邸宅に暮らす工場の社長・アルペル氏。  その息子のジェラールは堅苦しいうちにいるよりも、下町に住む無職の伯父ユロ氏と遊ぶのが大好き。  アルペル夫妻はきままなユロ氏に結婚相手を紹介させたり、就職させようとするが...。
                                 Amazon サイトより転載  
  


この映画はオシャレですね~。  たまたま衛星映画劇場でやっていたのでな~んとなく観ていたのですが、こういう映画を KiKi は大好きです。  とにかく「あざとさ」がないのがいい!!  一応コメディなんだけど、「ワッハッハ」と笑わせるようなコメディじゃなくて、思わず「クスッ」と笑ってその笑いを周りに気づかれちゃったんじゃないかとキョロキョロ見回してしまうような、とってもナイーブな笑いなのが KiKi のツボです。  こういうのを「品がいい笑い」って言うんだろうなぁ~と、映画そのものの感想なんかどうでもよくて、その幸福感に満たされちゃうような、そんな映画です。

そもそも最初のクレジットがいいんですよね。  騒々しい工事現場みたいなところに金属製と思しきプレートが立ち並んでいて、そこに役者さんやら監督さんやらの名前がずら~っと並んでいて・・・・・。  映画本編の描写の中には文明だとか近代化に対する風刺みたいな部分もあるんだけど、それでも自分はその文明社会の中で生きている人間なんだというある種「あるがままを受け入れる」心の広さみたいなもの(決して諦めではない)があのオープニングにはあるような気がして、不思議な感覚に囚われました。  で、それに続くのが古き良き時代の街並み(しかも下町?) & 手書きのいたづら書きで映画タイトル。  そして何とも軽快なテーマ・ソングに乗って街中を走り回る犬たち。  そんな風景に言ってみれば「原風景への郷愁」みたいなものが感じられます。

 

カストラート

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カストラート
1994年 フランス、イタリア、ベルギー合作 監督:ジェラール・コルピオ


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18世紀のヨーロッパ、珠玉のボーイソプラノを保つために<去勢>された男たちがいた。  "カストラート"。  その音域は3オクターブ半にも及び、女性歌手でも出すのが難しい高音のパートですら楽々と発声できたという。  当時のスーパースターの代名詞だったカストラートはまた、独特の去勢法のため性生活には何ひとつ不自由なかったばかりか妊娠の心配もないとあって宮廷女性の愛玩物にもなっていたという。

そのカストラートも去勢自体が堅く禁じられた20世紀に入ると完全に姿を消した。  こうして幻の声となったカストラートを大胆な手法で甦らせたのがこの映画である。  まずその声を再現するのに、カウンターテナー界屈指の男性歌手デレク・リー・レイギンと彼の声にあう女性ソプラノ歌手エヴァ・ゴドレフスカ、この2人の歌声を1音ずつサンプリング合成。  またこの映画のモデルとして選ばれたのはカストラート史上最も有名な歌手ファリネッリ。  彼の名はヨーロッパ中に轟き、あらゆる女性の寵愛をほしいままにしていた。

彼の影の半生を通じて "男でも女でもない人間" の悲劇と崇高さをドラマティックに、かつスキャンダラスに描ききったのは「仮面の中のアリア」「めざめの時」のジェラール・コルピオ監督。  最高の映像と音楽を得て、この映画は伝説のカストラートにどこまで迫れただろうか?  
  


この映画、お世辞にも一般的(大衆的)とは言えないと思うのですが KiKi は好きですね~。  いかにも欧州の映画っていう感じの作品です。  この映画を観る以前からカストラートという歌手がいたことは知っていたのですが、彼らの声がどういう声だったのかをどうしてもクリアにイメージすることができずにいました。  だからこの映画が公開された時には長年の謎が解明されるかもしれないという期待感で胸を膨らませ、ワクワクしながら映画館に向かったのを覚えています。  あれからもう10年以上経っちゃったんだな~。  今回この映画をもう1度観てみようと思ったのは KiKi の Blog 「落ちこぼれ会計人の独り言」の中で 「エクスルターテ・ユビラーテ」という曲を紹介した記事を書いて、その中でこの映画についてちょっとだけ触れたので、何となく懐かしくなってしまったから・・・・。  KiKi はこの映画のソフトは LD しか持っていないのですが、久しく LD Player を動かしていないので、その動作確認という意味も含めて観てみることにしました。

肝心のカストラートの声は合成によるもので、この映画を観る前に期待していたものと比べるとちょっとイマイチ感がなきにしもあらずでした。  美しいことは美しいんですが、やっぱりどことなく嘘っぽいんですよね。  それは役者さんの顔と声がマッチしていないという部分もあるとは思うのですが、それより何より、やはり「作り物は作り物」っていう感じがするんですよ。  少年期に去勢する事によって第二次性徴を妨げて強制的に声変わりをなくした声っていうのは、やっぱり女性の歌手の声とはまた違う、独特の声色があったんじゃないかと思うんですよね。  でもこの映画の場合はカウンターテナー + ソプラノの合成だから、高音部はどうしても女声にしか聴こえないんです。  女性ソプラノの声とボーイ・ソプラノの声は「合唱曲集」の CD なんかを聴いてもかなり違うじゃないですか。  まあ現代でこそ私たちはボーイソプラノの合唱団の歌を CD やら TV で簡単に聴くことができるから、あの一時期だけの声を機械の力を借りて永遠に残すことができるわけだけど、そういう技術がなかった時代に、機械の代わりに人間そのものに手を加えちゃったわけだから、凄いよね~。

 

北京ヴァイオリン

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北京ヴァイオリン
2002年 中国 監督・脚本:チェン・カイコー


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中国北部の田舎町で暮らす少年チュンは、ヴァイオリン演奏に天賦の才能があり、顔も知らない母の形見のヴァイオリンで人々の心を慰めていた。  父リウは貧しいながらも、なんとか息子の才能を開花させようと、チュンを連れて北京へと旅立つ。  だが貧しくコネもないためチュンはまともな教師に習うことすらできない。  やがて、昼夜を問わず働く父リウの努力の甲斐もあって、チュンは国際舞台へと羽ばたくための大きなチャンスをつかむ。  だがそれは愛する父との別れを意味していた・・・・。  巨匠チェン・カイコーが、大都会で生きる父と子の絆と、市井の人々の温かさを数々の名曲にのせて描いた感動作。  
  


少し前に購入したきり放ってあった中国映画「北京ヴァイオリン」を観ました。  まずは簡単なあらすじを公式サイトから拾ってみると・・・

豊かに水をたたえた美しい風景と、人々の素朴な温もりが残る中国の田舎町。  そこに息子を一流のヴァイオリニストにする事を夢見て全てを捧げる貧しい父と、父を愛しながらも顔も知らない母の面影を追い求める少年が住んでいた。  少年は母の形見のヴァイオリンを弾くのが得意だった。  二人はコンクールに出場するために北京へ行き、そこで著名な先生の個人指導を受ける事になり、北京で暮らし始める。  急激な変化を遂げる競争社会の大都会は、地方出身の少年の心に影を落としたが、少年が奏でるヴァイオリンの旋律は、彼に関わる人々の心を癒してゆく。  やがて少年は国際舞台に羽ばたく大きなチャンスをつかむが、それは愛する父との別れを意味していた。  そしてその時、少年の出生の秘密が明かされる。果たして少年が選択した道とは...?


実は KiKi は子供の頃「将来の夢はピアニスト」な~んて言っていた時代がありまして・・・。  で、実際この物語の少年同様田舎町から東京の音大の先生のところへ通ってレッスンを受ける・・・な~んていうことを経験していたことがありまして・・・。  もっともこの物語の親子のように田舎での生活を捨てて一家総出で東京に出てくるなんていう生活様式一変ドラスティック方式ではなく、静岡県の実家でそれまでと変わらない普通の生活を送りながら、1週間おきの週末に東海道新幹線に乗って KiKi 1人が東京に出てくるというパターンだったのですが・・・・。  それまで田舎でついていた先生にも引き続き毎週レッスンしてもらいながら、それに追加で東京の音大の先生のレッスンも受けるという生活を数年間送っていました。  そんな経験をしているだけに、音楽で身を立てるためにはそれ相応の時間とお金を使わなくちゃいけないっていうのはすっごくよく理解できるんですよね~。

KiKi の場合は静岡と東京の経済社会がこの映画ほど大きく異なる様相はしていなかったし、幸いなことに KiKi は国際コンクールを目指せるほどには才能に恵まれていなかったので、大都会の消費社会、お金がモノを言う貪欲な拝金主義、音楽界の熾烈な競争主義と正面から対峙しなくちゃいけないような局面はほとんどなかったのですが、恐らく当時の KiKi とこの映画の主人公・天才少年との共通点、それは音楽で成功しようとか音楽で身を立てるということには実は基本的に興味がない・・・というところ。  KiKi は確かに「将来の夢はピアニスト」なんて言っていたけれど、それは何が何でもピアニストになりたかったわけではなくて、学校やそこかしこで「将来の夢は何ですか?」と聞かれ、そんなことを聞かれても別に「これ」っていうものはなくて、でも何か夢が語れなくちゃいけないような気分になって、とりあえず自分にとって1番身近で興味があったのが「ピアノ」だったから「ピアニスト」と言ってみたのに過ぎなくて・・・・ ^^;  ただ単に音楽が好きで、楽器に向かっていると幸せで、他の事よりも夢中になることができて・・・・  でも、音楽以外のことに興味がないわけではなくて、普通の少年・少女なりに他にも興味のあることはいっぱいあって、思春期もあれば反抗期もあって ^^;

主人公の少年が楽譜の間に女性グラビアを挟み持っていたり、駅で出会っただけの女性、そして偶然に近所に住むことになった女性に淡い初恋のような感情を抱くストーリーを見ていて、何となく KiKi は親近感を覚えてしまいました。  実は KiKi がその東京の先生のレッスンを辞める(=音楽で身を立てるという選択肢を捨てる)決心をしたきっかけになったのはその先生の「音楽に一生身を捧げるのは素晴らしいことだと思いませんか?」という一言だったんですよね。  天邪鬼の KiKi がその言葉を聞いたときに思ったこと。  それは「音楽は大好きだしピアノも大好きだけど、一生涯、自分の全てを捧げるのはイヤだ!!  他の選択肢がなくなってしまうのもイヤだ!!」ということだったりしたわけで・・・・。  で、その時同時に思ってしまったのは「でもそれぐらいの覚悟がないんだったら、この先生のレッスン代を親に負担させちゃいけないんじゃないか」ということだったりもしたわけで・・・。  (って言うのもその先生の1レッスン代は田舎の先生の2か月分の月謝よりも高かったんです。  でもこれもその先生が特別高いわけじゃなくて、逆に安かったぐらいでそれは当たり前のことなんですが)  高いレッスン代+ 往復の新幹線代って決して裕福だったわけではない当時の KiKi の両親にしてみると結構な投資だったはずで、別にその先生が拝金主義の悪い先生だったわけではないけれど、KiKi は何となく感じてしまったのです。  「お金儲けとは対極にあると思っていた音楽の道も、お金とは無縁じゃないんだ・・・。」って。  で、結局資本主義の中で生きるんだったら、表面的にはそれとは無縁を装う世界ではなく、資本主義そのままの世界(=ビジネス社会)で生きるほうがややこしくなくていいんじゃないかしらって。

  

カサブランカ

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カサブランカ
1942年 アメリカ 監督:マイケル・カーチス


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 「君の瞳に乾杯」をはじめ、数々の名セリフと名場面で、いまもハリウッドを代表する作品として、世界中にファンを持つ「カサブランカ」。

老練マイケル・カーチス監督が描いたラブ・ストーリー。  1943年度のアカデミー賞では、作品賞・監督賞・脚本賞を受賞。  主題歌「時のすぎゆくまま」は、今も歌い継がれている名曲である。
 
  


NHK BS で過去のアカデミー賞受賞作品を連日放映する・・・・・ということで、毎日のように番宣を見せられているうちに、とうとうこの映画の Review に手を出してしまうことになりました。  この映画に関しては KiKi はちょっと複雑な感想を持っているんですよね~。  初めてこの映画を観た20代の頃には、この映画の持つロマンチック&エキゾチックな雰囲気にしてやられ、音楽とバーグマンの美しさにうっとりとするばかりだった KiKi なのですが、DVD を購入して何度も見直しているうちに、ちょっと違う感想を持つようになりました。  

確かにボギーはカッコイイ。  バーグマンもこのうえなく美しい。  主題歌  A Time Goes By もメロウだし、ライナーノーツにも書いてあるようにオシャレな名セリフもふんだんにあるすごい映画だと思います。  でも、一歩ひいて冷静になってみると「戦時下のプロパガンダ映画色」もかなり濃厚で、ちょっとそれが鼻についちゃったりもするんですよね~。


因みに Wikipedia の解説がなかなかいいと思うのでちょっと引用しておきたいと思います。

"第二次世界大戦中の1942年に、当時太平洋戦線、ヨーロッパ戦線ともに劣勢であったアメリカの国威発揚のための国策映画として製作された。  当時ナチス・ドイツに占領されていたフランスと自由フランスを支持し、ナチス・ドイツとその傀儡政権であったヴィシー政権に対する憎悪を掻き立てる内容になっているのもその為である。
なお、ポール・ヘンリード演ずる反ナチ抵抗運動の指導者、ヴィクター・ラズロのモデルは、実在の汎ヨーロッパ提唱者で、「EUの父」と呼ばれるリヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーであると言われている。"


 

ヒットラー

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ヒットラー 
2002年 アメリカ 監督:クリスチャン・デュゲイ


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1899年オーストリア。  ヒットラー少年は劣等生で、時に父親から体罰を加えられることもあった。  1913年、ウィーンに移住した翌年、第一次世界大戦にドイツ兵として参加し、熾烈な最前線を体験。  敗戦後、「ドイツ労働者党」に入党し、アジテーターとしての才能を発揮、1921年その党名をあらためた「国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)」の党首に就任。  1923年に起こした反乱で投獄されるも、獄中で「我が闘争」を執筆。  出所後、激しいプロパガンダや遊説によってナチ党を第一政党に押し上げ、首相に任命される。  そして翌1934年、とうとうドイツの大統領に就任するが...。  
  


これって映画かと思っていたのですが、実は TV Drama だったんですね~。  KiKi はこの DVD の存在を「アドルフの画集」を借りたときに知って、(行きつけのレンタル DVD 屋さんで、「アドルフの画集」と並んで置いてあったんです。  当時、「ヒトラー最後の12日間」がロードショーにかかっていて便乗レンタルを狙っていた模様 ^o^ )それ以来ずっと1度は観てみたいと思っていたのがなぜかず~っと貸し出し中で借りることができずにいました。  まあ、お正月早々観るような内容の映画ではないと思ったのですが、この時期を外すといつまた借りられる状態になるかわからないし、2本立て(要するに長い)の作品なのでお正月の暇つぶしにはちょうどいいかもと考えて借りてきました。

全米CBSネットワークが、2003年5月に2夜にわたって放送し大評判となった作品なんだそうで、同年秋の"TV界のアカデミー賞"エミー賞でミニシリーズ作品賞など7部門にノミネートされ、結局ミニシリーズ/TVムービー/スペシャル部門の美術賞と音響編集賞を受賞したのだそうです。  そう言われて見ると確かに映像やカメラワークは本当に素晴らしいです。

さて、この作品のディテイルについてお話しする前に、まずは出演陣についてコメントを少々。  主役のアドルフ・ヒトラーを演じたのがロバート・カーライルなんですが、彼の演技がなかなか素晴らしいです!!  ヒトラーの演説シーンは記録映画などでよく眼にしますが、あの迫力はドイツ語という言語の持つ力も多分にあるのではないかしらと思っていたのが、英語でこれだけの迫力を出すことにまず脱帽です。  さらに、彼が演じるちょっと病的な繊細さはヒトラーという人物、実は器の小さい小心者の独裁者という側面を余すところなく表現していたように感じました。  次の注目パーソンは出番こそ少なかったものの、ヒンデンブルク大統領に扮した名優ピーター・オトゥールです。  やっぱりすごい存在感!!  さらには1度はヒトラーに心酔しかけたものの途中で軌道修正した新聞記者・フリッツ役にマシュー・モディン。  彼はこういう立ち位置の役が本当に良く似合います。  

これだけでもかなり嬉しいところへ持ってきて KiKi にとってさらに、さらに嬉しかったのは、ヒトラーのお母さんに扮していたのがストッカード・チャニング(アビー大統領夫人@ザ・ホワイトハウス)だったのと、ヒットラーが政権を掌握するまでの間に彼を信奉し支えることになるアメリカ帰りの美しい人妻へレナに扮していたのが、ジュリアナ・マルグリース(キャロル・ハサウェイ婦長@ER)だったこと。  ザ・ホワイトハウスと ER は KiKi のお気に入りのTVドラマで、毎回欠かさず観ています。  でもキャロルに会うのはホント久しぶりだったから彼女の初登場シーンでは思わず身を乗り出してしまいました。

さて、物語の方はヒットラーの幼少期から政権獲得までが、どちらかと言うと淡々と描かれています。  ですから、ホロコースト(こちらはちょっぴりその片鱗が伺えますが)やら彼の最期 & 敗戦までは観ることができません。  その代わりと言っては何ですが彼の人格形成に少なからず影響を与えたと思われる幼少期に受けた虐待(これって事実なんだろうか?)やら、家庭内不和などが冒頭で簡単に描かれます。  どちらかと言うと史実(というか年表)に基づき、彼が歩んできた道のりをそのまま描き、そこに彼の私生活を絡めて物語は進んでいきます。  そして、彼の歪んだ人格形成のベースにあったものを個人の資質だけによるものではなく、不況や人種差別といった普遍的な社会問題にもよると捉え、あの悲惨な歴史を反省するという観点で描かれた作品だと思います。

 

 

オーシャン・オブ・ファイヤー 
2004年 アメリカ 監督:ジョー・ジョンストン


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 「ロード・オブ・ザ・リング」で人気を得たヴィゴ・モーテンセンが主演した、壮大なアクション・ロマン。  心に傷を抱えるアメリカのカウボーイ・フランクが、愛馬ヒダルゴとともに、アラビア半島を走破するホースレースに参加する。  灼熱の砂漠や砂嵐、馬も呑みこむ流砂、さらにライバルの陰謀などから、フランクとヒダルゴは生死ギリギリの世界をさまよう。

 孤高のカウボーイをヴィゴがクールに演じ、女性ファンだけでなく男もあこがれるヒーロー像を創造。  ヒダルゴを演じる馬のキュートな表情も、渇いた砂漠のオアシスのように観る者の心をなごませる。  砂嵐やイナゴの大群などのシーンにはVFXも使われているが、特殊映像であることを感じさせない自然な絵作りに感心させられる。  馬の疾走や剣のアクションも、古き佳き「活劇」のスピリッツを受け継いで本格的。  今どきのアクション映画には珍しくどっしりとした風格なので、できるだけ大きな画面で観ることをオススメしたい。(斉藤博昭)
                           Amazon サイトより転載  
  


Amazon の解説にもあるように、KiKi がこの映画を借りてみようと思った理由のその1はアラゴルン以外のヴィゴを観たくなっちゃったということでした。  そしてその2は馬のお話だということがわかったから。  実は KiKi は子供時代にちょっとだけ乗馬をやっていたことがあって、最近又、機会があれば馬に乗りたいなぁなんて思い始めていたんですよね。  馬って可愛いんだけど乗り手を見てあからさまに態度を変えたり、えこひいきしたり、馬鹿にしたり・・・・要するに差別をするんですよね。  KiKi なんて何度、騎乗するやいなや厩舎に帰ろうとされちゃったり、途中で本当の意味での道草を食われちゃったりしたことか・・・・ ^^;  でも、ロード・オブ・ザ・リングを観たときにも感じたことだけど、ヴィゴって本当に馬の扱いに長けている人なんだなぁとこの映画で再度実感しました。

この映画の原題は「Hidalgo」。  ヴィゴが演じるフランク・ホプキンスという実在の人物が実際にこの「Ocean of Fire」(イエメンのアデンからゴールのダマスカスまで、約4,830 キロを走破するという過酷なサバイバル・レース; 馬版のパリダカールラリーみたいな感じ)に出場した際に騎乗した実在のお馬さんの名前です。  そのお馬さんの名前がタイトルになるだけのことはあって、このお馬さんの演技が素晴らしい!!!  時に心配そうに、時に促すように、そして時にすがるようにヴィゴの方を見るお目々が何とも可愛らしいんです。  で、因みにこのレース、1000年ぐらいの伝統を誇り、史上最高のアラブ馬を決定する非常に権威の高いレースなのだそうで、本来であればレースに参加出来る馬は、アラブ王室所有の純血種と高貴な血統の馬に限られている・・・ということなのだそうな・・・・。  つまり、アメリカくんだりのカウボーイふぜいが参加させてもらえるようなレースではなかったはずなのです。  で、そんな由緒正しいレースに参加することになっちゃったフランクさん、アメリカ先住民の馬を守るために賞金目当てで出ようって言うんですから、それだけでもハラハラ & ドキドキな展開が待っていることを期待させてくれちゃうわけで・・・・・。

 

パッション

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パッション
2004年 アメリカ 監督・製作・共同脚本:メル・ギブソン


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地球は今、憎しみや戦争によって
引き起こされた恐怖によって、苦しみ泣き叫んでいる。

このような時代にあって、人は皆、
心の中の空虚な思いを埋めるために、
より崇高なものに立ち返ろうとするのではないだろうか。

映画「パッション」を観た人たちが、
我々の罪を償うためにイエス・キリストが味わった
恐ろしい苦難を目にし、理解することで、
希望、愛、赦しのメッセージを受け取ってくれたらと願っている。

そして彼の途方もない勇気と犠牲が、心の深いところに影響を与え、
正しい道へ向かおうと考えてくれたらと思う。

           メル・ギブソン  
  


だいぶ前に購入したきりずっと観ていなかった「パッション」という映画を観ました。  アメリカや日本で上映中に心臓発作で亡くなった方がいたとかいなかったとか、この映画公開にあたり国際的に大論争があったとかなかったとか、とかく話題にだけは事欠かなかった映画です。  何でそんな出来事がいっぱい、いっぱいあったかっていうとそれはこの映画が扱っている題材がイエス・キリストの最後の12時間だから・・・・。

KiKi もそうだけどキリスト教徒ではない人でも恐らく、イエス・キリストの生誕は処女マリアからで、馬小屋で生まれて(どうでもいいことだけど馬小屋で生まれると偉人に育つんだろうか??  確か聖徳太子の幼名も厩戸皇子;うまやどのみこ だったような記憶が・・・)、最初は大工か何かだったんだけどある時突然に神に目覚めてお説教をおっぱじめ、あっという間に信者がついて、さらには奇跡を起こして果ては自分が神の子だとか言い始め、パンとワインが自分の血と肉だとか言って信者と一緒に食べて(最後の晩餐)、弟子の中の1人が自分を裏切ると予言してそのとおりになって、別の弟子の中の1人が忠誠を誓うと明日の朝鶏が鳴く前に3度あなたは自分のことを知らないと言うだろうと予言してそれもそのとおりになって、逮捕されたキリストはあっという間に磔の刑を言い渡されてゴルゴダの丘で処刑されて、死後3日目に復活して・・・・・・くらいの概説は、な~ンとなく頭に入ってると思うんですよね。  そのあまりにも有名なキリストの最後の12時間を127分の映画にしたのがこのパッションという作品なんです。

因みにこのパッション、キリストの受難という意味です。

監督は何とあのリーサル・ウェポンのメル・ギブソン。  彼は私財約30億円を投じてこの作品を撮影したのだそうです。  いや~、金持ちはやることが違うねぇ・・・。  で、何が世間をそんなに騒がせたのかと言えば

1. あまりにもリアルなキリストへの暴行シーン
   ↑ これが上映中心臓発作で死者が出た原因だったらしい
2. 「キリストを死刑にしちゃった責任は誰にある?」という誰もができれば考えたくないようなことを
   考えさせられちゃう映画

ということのようです。  で、KiKi がこの DVD を購入したのは半ば衝動買いだったのですが、そんなこんなの噂が飛び交っている映画だったので、ちょっと自分に精神的な余裕がないときに観るのはよくないかな・・・なんて思っていたからず~っとほっぽらかしにしてあったのです。

さて、で、今日はそんな映画を観てみようという気分になったので、チャレンジしてみました。  で、その感想なんですが、確かに延々と続くキリストへの暴行シーンはなかなか凄いものがあったんですが・・・・ KiKi はかなり冷静に見ていられたような気がします。  と言うのも胸が苦しくなったり、涙が出たりと言うよりはそのシーンを見ながらずっと考えていたことがあるんですよね。  KiKi の場合、キリストが痛みに必死で耐えるうめき声よりも彼を鞭打つ側の悪魔的な笑いにずっと意識が集中し、彼を糾弾している側の得体の知れない群集心理と言うか、誰かを糾弾する側に回ることで自分だけは安全な場所にいることができると本能的に考え付和雷同しちゃう人間の弱さと言うか怖さと言うか・・・そんなことをずっと考えていました。  

ずっと昔、集団暴力とかリンチについてある TVコメンテーターが言っていた言葉も何となく思い出されました。  曰く、「集団暴行から死に至らしめるところまでいってしまうのは、理屈でも主義主張でもなく、ただ止まらなくなる、止められなくなるからだ。」  で、そんなことを思い出していたら、この映画とはまったく関係ない話のはずなんですが、あのイラク・アグレイブ刑務所で行われていたリンチもこんな感じだったのではないかと思い始めていました。  で、もしもそうだとすると、人間のやっていることなんて結局変わらない・・・イエス・キリストが私たち人間の原罪を背負って磔になろうが、血を流そうが、何千年という時が過ぎようが変わらないのではないかと感じ、何となく力が抜けてしまいました。

 

狼たちの午後

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狼たちの午後
1974年 アメリカ 監督:シドニー・ルメット


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1972年8月22日、ニューヨーク。  ブルックリンの銀行に、3人組の強盗が入った。  若い1人が怖気づいて逃げだしたところへ、警察から電話がかかる。  「包囲した。投降しろ」。  2人は9人の銀行員を人質に立てこもる。

 実際に起こった事件をもとにしたサスペンスである。  白昼堂々と銀行に入った強盗たちの、無謀な行動を克明に追う。  警察とFBIの確執、犯人と人質の心の交流、そして野次馬たちの心理描写を見事に描いた秀作だ。

 アル・パチーノとジョン・カザールが強盗を演じている。  監督はパチーノと『セルピコ』で組んだ、社会派の巨匠シドニー・ルメット。  ブルックリンの倉庫を銀行のセットに改装したり、うだるようなニューヨークの暑さが伝わる迫真のロケが見事な作品である。(アルジオン北村)
                                 Amazon サイトより転載  
  


この映画の原題は Dog Day Afternoon。  Dog Day というのは「うだるように暑い日」を意味する慣用句であるのと同時に「停滞期、沈滞期」というような意味もあります。  綿密に計画を立てて・・・・・とはおよそ言い難いような有様で銀行強盗に入った3人の若者たちが、あっという間に警察に包囲されてのっぴきならない状況に陥り、その状況に流されるままに銀行員を人質に立てこもり、人質の身柄を盾にして警察やFBIと取引をしていくさまを淡々と描いた映画です。

全編を通していわゆるBGMらしきものが流れるのは最初と最後だけ。  あとはいわゆる効果音のみの映画というのは昨今の BGM でムードをもりあげる映画とはかなり性格を異にしますが、それが逆に何とも新鮮です。  実話をもとにした作品で、何がテーマなのかちょっとわかりにく映画でもあります。  娯楽作品的な要素(犯人と FBI の心理戦)もあれば、社会風刺的な要素(あの時代の貧しい若者を覆っていた閉塞感や国家権力に対する批判的な風潮、さらにはマスコミ批判)もあるし、弱者を作りそれを放置する社会に対する憤りのようなものも感じられます。

当初は3人で銀行を襲ったもののあっという間に1人が脱落し、その場に残されて追い詰められていく2人のちょっと間抜けな強盗を演じているのはアル・パチーノとジョン・カザール。  名作「ゴッド・ファーザー」のマイケル & フレドの兄弟コンビです。  (ついでにちょろっとだけ出て来るソニー(パチーノ)のお父さん役を演じているのも「ゴッド・ファーザー」でマイケルとフレドの亀裂のきっかけとなった、ジョニー・オラ役の役者さん♪)  何とも落ち着きのないソニー(パチーノ)と冒頭からちょっと茫然自失状態風のサル(カザール)を観ただけで、「こりゃ、ダメだ。」と思わされます。

 

ニューヨークの恋人

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ニューヨークの恋人
2001年 アメリカ 監督・脚本:ジェームズ・マンゴールド


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現代のニューヨーク。  4年間つきあった恋人と別れ仕事一筋のキャリアウーマンのケイトは、超リアリスト。  しかし奇跡なんか信じないという彼女の前に現れたのは、1876年のニューヨークの貴族社会からタイムスリップしてきた公爵レオポルドだった。

クラシックないでたちとあまりにも紳士的な態度で接するレオポルドに最初は戸惑うケイトだったが、彼の誠実さを通して失われたものを取り戻し、やがて恋に落ちていく。  だが、レオポルドには過去に戻る瞬間が迫っていた。  この恋の行方は? 
  


たまたま NHK の「衛星映画劇場」で放映されていたのを途中から観て、久しぶりにこの映画をちゃんと観なおしてみようかという気分になったので、今日の映画鑑賞は「ニューヨークの恋人」です。  KiKi はメグ・ライアンのラブコメは割と好きなほうで、彼女のラブ・コメを観て何かを考えさせられたりなんていうことは皆無だし、現実味みたいなものは欠片もない・・・・・と思ってはいるものの、何となく楽しめちゃうんですよね。(笑)  今までに観た彼女のラブ・コメの中ではトム・ハンクスと共演した「めぐり逢えたら」が1番のお気に入りで、あの現実味のないストーリーにさえほろりとし(これはひとえにジョナ役のロス・マリンジャー君の貢献かもしれないけれど・・・・ ^^; )、彼女が演じたアニーには同性ながら心の底から「可愛い!!」と思えたものでした。  でもね、この映画の初見の際には、あれからもうずいぶんたっているし、いくら「ラブ・コメの女王」と呼ばれていたメグ・ライアンと言えども「今更、ラブコメ??」と思わないでもないような気がして、恐る恐る観てみたことを覚えています。

でもね、この映画の場合、メグ・ライアンの年輪を重ねた「今更、ラブコメ??ショック」よりは物語のありえなさ、おとぎ話にもほどが過ぎるという想いの方が強すぎて、あっけらかんと楽しむにはどうしても不満が残っちゃうんですよね~ ^^; 。  現実味がないというのは今までの作品も同じと言えば同じなんだけど、タイムスリップはちと行き過ぎという感が・・・・。  で、ただでさえありえないこのシチュエーションなのに、そのタイムスリップの描写が今ひとつ雑に見えて仕方ないんですよ。  同じタイムスリップものであり得なさはほぼ同じなのにも関わらず「バック・トゥー・ザ・フューチャー」が面白かったのは、タイムスリップする瞬間の画作りにも力が入っていたし、異なる時代に行って右往左往する主人公やそれを受け止める周りの人たちの反応の作り込みにももっと配慮のようなものがあったからだと思うんですよね。  でもこの作品の基本線は「ドタバタ・コメディー」ではなくて「ラブ・コメ」だから「ラブ」の部分だけがデフォルメされてしまっていて、レオポルドとケイの出会いの不自然さが放っておかれているような気がするんです。  「あとはメグにお任せ♪」的にね。

 

A.I.

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A.I.
2001年 アメリカ 監督・脚本:スティーブン・スピルバーグ


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時は未来。  不治の病に侵された息子をもつ夫妻は、人工知能をもつ少年型ロボットのデヴィッド(ハーレイ・ジョエル・オズメント)を家に迎えるが、やがて息子が奇跡的に蘇生したことから、デヴィッドは家を出されてしまう...。

故スタンリー・キューブリック監督の企画をスティーブン・スピルバーグ監督が受け継いで完成させたSFヒューマン超大作。  『鉄腕アトム』に『ピノキオ』、ついには『未知との遭遇』など、いつかどこかで見聞きしたことのあるドラマ展開だが、その中にスピルバーグは「母への愛」という、彼の定番ともいえるテーマ性を盛り込んだ。

また、中盤のロボット・ジャンク・ショーに見られる残酷味などから、人にあらざるものに対する憐れみの情を描きだしたともいえる。  ナンパ・ロボットに扮したジュード・ロウが好演。(的田也寸志)
                                 Amazon サイトより転載  
  


う~ん、何と表現すればいいんだろう??  正直なところ KiKi にとってこの映画はよくわからない映画でした。  地球温暖化の影響で世界中の沿岸地域が水没してしまい、人々の生活が現在とは大きく様変わりしていて、そんな環境で生き延びた人類(それも先進国に住む限られた人間)がそれまでと同様の生活をするために「労働の担い手」としてロボットが必要になったという設定はそれなりに興味を持てたんです。  で、その裏側で妊娠が認可制になって人口統制が行われるっていうのも恐ろしい世界ではあると思うけれど、さもありなんとそれなりに納得できます。  でもね、そこで出てくるロボットが今私たちが目にすることができている AIBO や ASIMO のようにメカメカしていなくってちょっと見ただけでは人間とは区別がつかない・・・・・というあたりからちょっといや~な予感がしてきたんですよね。  で、挙句の果てにウィリアム・ハート演じる博士(?)が「愛することのできるロボット」の必要性を訴え始めるあたりで結構ひいてしまいました。  「愛人ロボット」を何体も購入している研究者が出てきたあたりではこの世界観の異常さについていけなくなり、さらにウィリアム・ハートが「親として刷り込まれた人間を本当に愛し、その愛が永遠に続く子供型ロボット」製作を訴え始めるに至りすご~く正直なところ、空恐ろしくさえなりました。  そもそもすご~く単純に「愛って何??」というシンプルな疑問が KiKi の頭の中をグルグル巡り始めてしまったんですよね~。  

で、そんな博士にとある女性研究者が「もし人を愛することができるロボットを作るなら愛される人間にも責任が生じるのでは?」と問いかけるシーンを見た時には「ああ、これって人間がその叡智によって作り出した "もの" にもっと責任を持たなくちゃいけないんじゃないか?」という主張の映画なのかなと思いかけてちょっと気を取り直したんだけど、物語が進むにつれてどうやらそうでもないらしい・・・・・ということで又ついていけなくなり、「ピノキオ」の話が出てきてその子供型ロボットが人間になりたがり(彼は自分が愛されないのはロボットだからで人間になればママに愛してもらえると信じている)、ブルー・フェアリーを求めるようになって KiKi の混乱は極地に達してしまいました。  映像そのものは「ほぉ~」と思えるようなものがふんだんに盛り込まれていたのですが、でもねぇ・・・・・。  で、この Review はどちらかと言うとちょっと否定的な Review になってしまうことを予めお断りしておきたいと思います。

 

二百三高地

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二百三高地 
1980年 日本 監督:舛田利夫


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19世紀末。  ロシアの南下政策は満州からさらに朝鮮にまで及び、朝鮮半島の支配権を目指す誕生間もない明治維新政府の意図と真っ向から衝突した。  開戦か外交による妥協か、国内では激論がうずまいていた。  軍事力、経済力ともに弱小な日本にとってロシアは敵にするには強大すぎた。  しかし、幾度となく開かれる元老閣僚会議で、次第に開戦論がたかまっていくがロシアの強大さを熟知している伊藤博文は戦争回避を主張していた。  巷でも、開戦論で民衆を煽動する壮士グループと、戦争反対を叫ぶ平民社とが対立。  ある日、開戦論に興奮した民衆が平民社の若い女、佐知に殴りかかろうとしているところを、通りがかった小賀が救った。  その頃、伊藤は参謀本部次長の児玉源太郎と会見、対露戦の勝算を問うていた。  児玉は早いうちにロシアに打撃を与え、講和に持ち込むしか勝つ道はないと訴えた。  明治37年2月4日、御前会議で明治天皇は開戦の決議に裁可を下した。  ここに日露戦争の幕が切っておとされた。
                            AII ムービーサーカスより転載  
  


2005年8月の KiKi のテーマは「これまで日本が行ってきた戦争についてもう1度じっくりと考えてみる月間」でした。  これは終戦記念日を意識して・・・という側面もあるのですが、昨今の世界情勢を見、憲法改正論議に接し、近隣諸国の反日運動の盛り上がりを見・・・という中で、もう1度「戦争」だとか「防衛」ということについて、自分の立ち位置を確認しておきたい・・・・という思いがあったからです。  ということで、この映画をレンタル DVD で借りてきて観てみることにしました。  因みにこの映画、一世を風靡した映画だったらしいけれど、KiKi はこれが初見です。  

明治維新によって近代化を目指すようになった日本は、当時の「白人列強による帝国主義」という世界情勢の中で国防と国力増強の2つのニーズから朝鮮半島の支配を目指すようになります。  でもその日本の政策は南下政策に乗り出したていたロシアと正面衝突を余儀なくされます。  国内は即時開戦と外交による話し合いでの解決に意見が二分されますが、最終的には明治37年2月の御前会議で明治天皇は開戦の決議を認めることになりました。  こうして始まった日露戦争。  この映画はその日露戦争最大の激戦地、旅順の二百三高地を巡る攻防戦をメインに描いた戦争スペクタクルです。

あの時代の映画ならではの超豪華キャストにまずは息をのみます。 乃木希典役を仲代達矢、児玉源太郎役を丹波哲郎、 伊藤博文役を森繁久彌、 明治天皇役を三船敏郎。(さすがに皆さん芸達者です。)  そして夫を戦地に見送る新妻役を今は亡き夏目雅子。(さすがに美しいです。)  そして BGM はさだまさしの名曲の1つ、「防人の歌」。  そう言えばこの歌ってこの映画の主題歌として、映画封切り当時は TVCM でガンガン流れていたんだよなぁ・・・。

さて肝心の映画なんですが、正直なところ KiKi はあまり感心しませんでした。  役者さんたちの演技はどれもこれも素晴らしいんですが、「どうして日本はあの戦争に突入しなければならなかったのか。」とか「召集令状1枚であの戦場にかりだされた庶民の一兵卒の思いはいかばかりだったのか。」という部分については、描き方が雑・・・と言うか大雑把と言うか・・・という印象を受けました。  まあ、KiKi の場合この映画を見る直前に司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」を読了していたということもあって、あの小説に描かれていた世界観とどうしても比較しちゃうからそう感じたという部分も否めませんが・・・・。  でも、旅順攻防戦がいかに悲惨だったのかにあまりにも重点が置かれすぎていて、穿った見方をすれば「これって厭戦感情を逆手に取った反ソ映画だったんだろうか?」と感じてしまったりもして・・・。  何せこの映画が作られた頃はまだ東西冷戦の真っ只中、西側資本主義国の仮想敵がロシア(と言うかソ連)だった時代だし・・・・。

 

アンタッチャブル

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アンタッチャブル
1987年年 アメリカ 監督:ブライアン・デ・パルマ


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ブライアン・デ・パルマ監督の "アンタッチャブル" は、批評家と観客の両方が褒めた必見の傑作である。  禁酒法時代のシカゴを支配していたギャングの首領と、その男の逮捕を誓った法の執行人の戦いが、みごとに、そしてすさまじく描かれている。

真正面からぶつかりあう善と悪を演じるのは、財務省特別捜査官エリオット・ネスにケビン・コスナー、暗黒街の親玉アル・カポネにロバート・デニーロ。  そしてショーン・コネリーが、マローン役を演じている。  マローンはネスにこう教えた。  "ギャングを倒すには、やつらより速く、そして先に銃を撃て" と。 
  


この映画は文句なしに楽しめる映画だと思います。  史実とはあまりにもかけ離れているので、単純に娯楽作品として観られるのがまず Good! (笑)。  そしてあまりにも豪華な出演陣でさらに Good!!。  脚本、音楽、衣装、テンポのすべてが素晴らしいと思います。  それに何てったってショーン・コネリーでしょう。  KiKi はこの映画を劇場で初めて観たときショーン・コネリーのあまりの渋さにメロメロになり、以降映画の中の「ちょっと渋いオヤジ・フリーク」への道を歩み始めてしまったのでありました ^^; 。  それにね、アンディ・ガルシアがこれまた文句なしにカッコイイんですよね~。  こっちはメロメロになる暇もなく、一瞬のうちに落とされちゃった・・・・そんな感じです。  で、この映画を観てから暫くはアンディ・ガルシアにすっかり夢中になった KiKi だったのですが、その後その恋心(?)は1作ごとに萎えていってしまいました・・・・・。

主役のケビン・コスナーも「ロビン・フッド」のエントリーにも書いたように、この頃が1番カッコよかったと思うんですよね。  とは言うものの、存在感という意味では完璧にコネリー、ガルシア、デニーロ そしてチャールズ・マーティン・スミス(ウォレス)にまで食われまくっちゃっていますが・・・・・(笑)。  どうも KiKi はコスナー君の「俺様チック」な演技は苦手で、この映画のように周りを引き立てるハンサム・ボーイ的な役を演じている映画(?)の方が評価が高くなっちゃう傾向があるみたいです。

 

トロイ

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トロイ
2004年 アメリカ 監督・製作:ウォルフガング・ペーターゼン


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トロイとスパルタの確執の歴史に幕が下ろされようとしていた時、トロイの王子パリス(オーランドブルーム)はスパルタの王妃ヘレン(ダイアン・クルーガー)と恋に落ちた。  それが後に史上最大の戦いを引き起こすとも知らずに。  トロイ軍の総大将ヘクトル(エリック・バナ)は祖国のため、アキレス(ブラッド・ピット)を中心としたギリシャの大軍と戦うことになるのだが・・・・。

トロイの王であり、ヘクトルとパリスの父親でもあるプリアモスは名優ピーター・オトゥールが熱演した。  巨匠ウォルフガング・ペーターゼンは、いくつもの国家に分かれていた古代ギリシャの様相、無数の兵士によって繰り広げられる壮絶なバトル、難攻不落と呼ばれた巨大な城塞都市、そしてそびえ立つトロイの木馬を見事に描き、永遠不滅の物語「イリアス」を映画として甦らせた。  

「"ブレイブハート"や"グラディエーター"の伝統を受け継ぎながらも、"トロイ"はその全てにおいて史上最高のスペクタクル映画として誕生した。」
                         - Clay Smith, ACCESS HOLLYWOOD  
  


「ロード・オブ・ザ・リング」の爆発的ヒット & オスカー総ナメ以来、何となくコスチュームもの全盛期という様相を呈している感のあるハリウッド。  まあコスチュームものをこよなく愛している KiKi としてはこの風潮は Welcome!! なのではありますが、どの映画もお金をいっぱい使って、スタッフはリアリティを求めて頑張って、製作陣の思い入れはこんなに大きくて・・・・というような映画の作り手さんのご苦労話だけがテンコモリの特典映像というのはいかがなものかと・・・・。     と、いきなり特典映像のレビューから入ってしまいました。  まあこれはひょっとしたら「ロード・オブ・ザ・リング」3部作の SEE (Special Extended Edition) の特典映像を観すぎた反動なのかもしれません ^^;       

さて、トロイです。  トロイと言えば「トロイの木馬」、そしてシュリーマン。  最近ではコンピューター・ウィルスとしての名前の方がしっかり定着してしまった感のあるこの「トロイの木馬」を最新映像で観ることができるという期待感に燃え、この DVD を GEO の セールで購入しました。  でも、それからずっ~と DVD ラックにツンドク状態にしてありました。  セールとは言えせっかく購入したのにそれきりなかなか観ようと思えなかったのは、他に観るものがいっぱいあったというのも1つの理由なのですが、それより何より肉体改造までしてこの映画に取り組んだというブラピをあまり観たくなかったから(笑)  KiKi はもともとブラピは嫌いじゃないんですが、彼が本領を発揮するのはちょっとどこかイッちゃった系の人物を演じさせた時のような気がするし、彼がメチャクチャ美しかったのは「レジェンド・オブ・フォール」だったと思うし・・・・。  要するに、何となく KiKi の中では 「ブラピ = アキレス」の方程式が成立しないのです。  もっと言えば、オーランド・ブルームはレゴラスであってパリスじゃないし、ショーン・ビーンもボロミアであってオデッセウスじゃない!!という変な思い入れもありまして・・・・。  まあ、そんなこんなで観るのを先延ばしにしていたのでした。

物語のベースにあるのはライナーノーツにも書いてあるように永遠不滅の物語「イリアス」。  子供の頃、ギリシャ神話の世界にどっぷりとのめりこみ、子供用の「イリアス」と「オデュッセイア」の物語に想像の翼を広げ、これまでの人生の中で観てきた数多の西洋絵画で培われてきた KiKi のイメージと DVD パッケージの絵はどこか違う・・・・。  まあ、そんなことを言っていたらいつまでたってもこの映画を観ることができません。  よし、観よう!!

ところが冒頭から KiKi の頭は??? 状態に。  と、言うのもパリスの審判(パリスが羊飼いだった頃に、女神様たちの美人コンテストの審判を行い、アフロディテから「あなたが私を選んでくれたらその見返りとして、人間の中の最高の美女、スパルタ王妃のヘレンをあ・げ・る」と言われ、アフロディテを優勝させたというお話)もなければ、この審判の結果を受けてトロイ戦争の背後でそれぞれの国に味方して暗躍したことになっているギリシャ神話の神様たちが 1人も出てこないまま、いきなりヘレンの誘拐(と言うより、この映画では逃避行)が行われちゃいました。  で、挙句、人のものを盗んだくせにその責任を自分の力で全うする気概も持たない甘えん坊の次男坊はスパルタからトロイへの帰路でいきなりお兄ちゃん(ヘクトル)に「僕を愛してる? どんな敵からも守ってくれますか?」などと泣きつきます。  

何だ?  コイツ・・・。

長く続く戦争に嫌気がさし、宿敵トロイとの和平を願い、2人の王子を招待してまでしてもてなしたスパルタ王・メネラオスの面子は丸潰れです。  和平の席で奥さんを寝取られちゃったメネラオスは、前言撤回、和平なんてクソ食らえ!  おのれ、トロイ!  こうなったら○×△□!!! と激怒し、トロイとの全面戦争にあたりギリシャの大ボスにして実の兄であるアガメムノンを頼ります。  アガメムノンは元々和平には反対の立場で、自分の勢力をどんどん広げるためにもトロイを征服したくて仕方がなかったので、これ幸いと弟の助っ人を承諾します。  こうして、編成されるギリシャ & スパルタの最強の連合艦隊。  この中にアキレスの姿もありました。

 

 

アマデウス

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アマデウス
1984年 アメリカ 監督:ミロス・フォアマン


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モーツァルトの謎に満ちた生涯を綴った名作。
嫉妬と復讐の罠が、天才へのレクイエム。

凍てつくウィーンの街で自殺を図り精神病院に運ばれた老人。  彼は自らをアントニオ・サリエリと呼び、皇帝ヨゼフ二世に仕えた宮廷音楽家であると語る。  やがて彼の人生のすべてを変えてしまった1人の天才の生涯をとつとつと語り始める・・・・。  若くして世を去った天才音楽家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの謎の生涯を、サリエリとの対決を通して描いた話題作。  1984年アカデミー賞8部門(作品・監督・主演男優賞他)を獲得。  
  


この映画は好きですね~!!  何度観ても飽きません。  そして、時々無性に観たくなります。  それは音楽のせいなのか、何なのか・・・・ ^^;  もっとも KiKi はモーツァルトの音楽ってどちらかというと苦手意識があるので、音楽のせいではないような気もします。  でもね、この映画の中で使われているモーツァルトの音楽は、何故か KiKi が苦手意識のない(というより彼の作品の中では好きな)曲ばかりなんですよ~(笑)。  だから音楽のせいとも言えるし、そうじゃないとも言える・・・・。  ま、どっちでもいっか ^^;

初見の時、この映画が描くモーツァルトのあの何とも表現しがたい笑い声にはさすがにおったまげちゃったけれど、その笑い声を除くと KiKi は案外このモーツァルト像、スンナリと受け入れちゃうことができました。  だって普通の人じゃないんだもん。  神童だもん。  天才だもん。  それで生活能力とか社会適応能力が一般人並だったら逆にその方が変でしょう(笑)。  それにちょっとお下品なところがあったらしい・・・・というのはモーツァルトが残した数多くの手紙を見ると一目瞭然だから、そういう予備知識があったために抵抗なかったということもあるのかもしれません。

 

ドライビング Miss デイジー

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ドライビング Miss デイジー
1989年 アメリカ 監督:ブルース・ベレスフォード


21QBDVYV9ZL__SL500_AA140_.jpg  (Amazon)   

人種への偏見が根強いアメリカ南部の町。  老いてもなお、威厳だけは失わない未亡人・デイジーに、黒人の専属運転手・ホークは従順に仕えていた。  主従関係にありながらも、固いきずなで結ばれていくふたりの25年間を描き、派手な作品ではないにもかかわらず、作品賞ほかアカデミー賞4部門を受賞した珠玉作。

 主演女優賞を受賞したジェシカ・タンディが、伝統に縛られる南部の女主人を凛とした表情で演じつつ、時折見せる慈しみにあふれた眼差しが絶品。  彼女が初めて海を見たときを回想する演技は見事と言うしかない!   息子役ダン・エイクロイドの首まわりの肉づきなど、25年の年月を再現するメイクアップや、ホークの運転とともに、心地よく映像に滑りこんでくるメインスコアのメロディといった、細部の完成度も高い。  人種差別にまつわる事件を絡めた時代表現は、ややあざとくも感じられるが、俳優たちの演技が些細な欠点を覆い隠し、繊細で感動的なラストシーンにたどり着く。(斉藤博昭)
                                    Amazon サイトより転載 
  


つい先日観たのが「ショーシャンクの空に」で久しぶりにモーガン・フリーマンを観てちょっと思い出しちゃったから・・・・というのもあるし、昨年末に TV で仲代達也さんのドキュメンタリー番組を観ていて、無名塾が民藝と組んでこの脚本の舞台劇をやっているという紹介があり、懐かしくなっちゃったから・・・・・というのもあって、久しぶりに観たくなってしまった映画がこの「ドライビング Miss デイジー」です。  (それとここ1ヶ月ぐらいの間、自分の父親の「老い」を再認識しちゃったから・・・・というのも、この映画を観たくなった理由のひとつなのかもしれません ^^;)

この映画は KiKi の大々だ~い好きな1本です。  淡々としたお話だし、ハンサムなお兄ちゃんが出てくるわけでも、綺麗なお姉ちゃんがでてくるわけでもないし、オーバーな演出がある映画でもないけれど、何度も観たい、しかも3年とか5年とか少し時間をおいてから又観る・・・・・というような観方をしたいと思っている映画です。  

そもそもこの映画、題名自体がとってもウィットに富んでいると思うんですよね。  邦題をつけたときもあえて Miss だけを英語にしてあるのはそのためじゃないかと思うんだけど、この Miss って Mr., Mrs., Miss の Miss であるのと同時に 「Driving Miss ≒ 運転に失敗した デイジーさん」っていう意味も含んでいるんじゃないかと思うんですよ。  さらに、さらに深読みすれば、 Drive っていう単語には「(人・物を)追う、追い払う」という意味もあるから、「ホークを追い出すのに失敗したデイジーさん」 っていう意味もあるような気がするんですよね~。  ね、結構笑えるでしょ♪

さてこの映画、とかく主演の2人(ジェシカ・タンディ & モーガン・フリーマン)に目がいってしまいがちだけど、デイジーさんの息子・ブーリーを演じているダン・エクロイドも素晴らしいと思います。  それは徐々に貫禄がついていく特殊メイクのリアルさ・・・・というよりは(それも結構すごいと思うけれど)、彼が発するあの「Mama」の言い方にあるような気がします。  とうに夫を亡くしていて息子夫婦とは同居していない、ちょっと(というかかなり)頑固な母親に対する様々な感情があの呼びかけには含まれているような気がして、「素晴らしい息子だなぁ」と感じ入ることしばしば・・・・・・。  彼はホークの人となりをいち早く見抜き、彼に全幅の信頼をおいて彼が愛してやまない、でもかなり扱いにくいミス・デイジーを預けていると思うんですよね。  だから、KiKi 的にはミス・デイジー & ホークのつながりもとっても感動的だけど、息子のブーリー & ホークのつながりに、より人対人の強い絆を感じます。

 

アポロ13

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アポロ13
1995年 アメリカ 監督:ロン・ハワード


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1970年4月11日。  アポロ13号は3人の宇宙飛行士を乗せ、月に向かって打ち上げられた。  しかし、月まであと約5万キロという地点で予期せぬ事故に遭遇。  酸素の欠乏、二酸化炭素中毒という絶望的な状況の中、NASA の管理センターでは総力を結集して必死の救出作戦が展開された・・・・・。  アメリカ宇宙開発史上最もドラマチックな事件と言われたアポロ13号の奇跡を描いた実話である。 
  


ここのところちょっと否定的なハリウッド映画 Review が続いてしまったので、ここいらで KiKi が大好きなハリウッド大作の1本をご紹介したいと思います。  最も今回この映画の Review を書こうと思ったのには実はもう1つ別の理由があるんですけどね。  それは、つい先日衛星映画劇場で同じ宇宙ものの「スペース・カウボーイ」を観たんだけど、残念ながらその作品は KiKi の心の琴線にはあまり触れてこなくて、逆に「そうだ、アポロ13を観よう!!」という気分にさせられちゃったということ(笑)。  ・・・・と言うことで「アポロ13」です。  KiKi はこの作品は半端じゃなく好きですね~。  どちらかというと KiKi がちょっと眉をしかめちゃう傾向のある「アメリカ万歳!」という映画ではあるんだけど、ことこの映画に関してはそれが許せちゃうんですよね♪  それどころか、KiKi も一緒になって万歳三唱しちゃいたいぐらいの作品です。

 

タイタニック

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タイタニック
1997年 アメリカ 監督:ジェームズ・キャメロン


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世界中を感動の渦に巻き込んだ壮麗なる一大巨編 - 「タイタニック」は世界歴代興収第1位、そして97年度アカデミー賞11部門受賞という輝かしい記録とともに、永遠に映画史に残る名作となった。  誰もが息をのんだ「夢の豪華客船」の全貌、不沈を誇る巨船を襲った皮肉な運命、そして生と死の極限下に置かれた人間模様。  監督ジェームズ・キャメロンは、その封印されていた伝説を見事に再現した。  沈みゆく船の中、最後まで愛を貫いた運命の恋人ジャックとローズ。  大西洋に眠る1500余名のヒューマン・ドラマは、今なお人々に「生」への希望と人生の意味を語り続けている。  
  


この映画は KiKi にとっては結構思い出深い作品なんですよね。  と、言うのもこの映画が我が家の 5.1Ch サラウンド・システム・デビューの1作なんです。  氷山とぶつかる瞬間のウーハーから流れてくる音に「おお!!」と感動し、5.1 Ch の威力を実感したものでした(笑)。  因みにこの映画、KiKi は劇場では観ていません。  何となくディカプリオのプロモーション・ムービーに思えて劇場に足を運ぶ気になれなかったんですよね~。  

KiKi はディカプリオ君って決して嫌いじゃないんですよね。  ルックスだけの役者さんじゃないことは、KiKi が初めてディカプリオ君の存在を知った「ギルバート・グレイブ」で実証済みだったし、その後も「バスケットボール・ダイアリーズ」とか「太陽と月に背いて」とか「ロミオ & ジュリエット」なんていうのも観ていたし・・・・・。  でもね、何となくこの映画のプロモーションを観ていたらちょっと「避けたくなる役者さん」になっちゃったりなんかして・・・・・・ ^^; 。  ついでに言うと、このタイタニックの後で出た「仮面の男」は KiKi のお気に入りの1本です。  でね、この映画を劇場に観に行ったお友達の評価がメチャクチャ高くて、またその彼が KiKi のツボをよく知っている人で、「あのさぁ、ディカプリオはともかく、タイタニック号の再現が素晴らしいし、KiKi の好きそうな海に沈んだホンモノのタイタニック号の映像もでてくるんだぞぉ。  騙されたと思って1度観てみろって。」と勧めてくれたのでした。  因みにその彼は公開前は KiKi と一緒になってこの映画のこと(と言うかディカプリオのこと)をケチョンケチョンに言っていた人だったのですが、当時彼がつきあっていた彼女にどうしてもとせがまれて、彼女を失いたくなかった彼は仕方なく一緒に観に行ってとりあえずその時点では何とか彼女をつなぎとめることができたんだけど、その後約半年でこっぴどく振られて大いに傷ついて以来「あんな映画2度と観るもんか!!」と息巻いている人物です(笑)。  まあ、そんな彼のススメに乗っかって、まあ彼がそこまで言うなら・・・・・と言うことでこの DVD を購入。  で、上記 5.1 Ch サラウンド・システムを導入した際に真っ先に観てみることにしたのです。 

初見の感想は素晴らしいものでした。  もちろんこの運命の恋人たちの成り行きには少しはほろりとしたし、セリーヌ・ディオンの歌は印象的だったけれど、それより何より、例の彼が言ったとおり、スクリーンの中で再現されたタイタニック号には強烈に惹かれました。  そして、あの氷山にぶつかったシーン。  さらにはそこから始まる人間模様・・・・・。  タイタニックが最後に沈んでいくシーンでは涙がこぼれてきました。  特に印象に残ったのは、船尾が滑り台みたいに傾いていく所の全景描写とそこをなす術もなく転がり落ちていくか弱い人間の姿。  そして、船尾が垂直にそそり立つ立つ場面で、船尾の先端から海面に向かって眺めているような映像。  いやはや、 CG の力を見せつけられました。  あんな所にぶらさがっていたら多分 KiKi は正気を保てないと思います。  ああいうシーンを見せつけられるとジャックとローズの恋物語ははっきり言ってどうでもよくなってしまって、それ以外の人たちの運命を思っては涙してしまうんですよね。  もはやボートを諦めて船室にもどりベッドの上で抱き合って「その時」を迎えようとしている老夫婦の姿なんかを観た日には号泣 ^^;  まあ、デート映画にするためにはロマンスも必要なんだろうけれど、この映画ってジャックとローズのラブ・ストーリーは必要だったのかなぁ・・・・・。  あの事件が起こった頃の時代背景を表すにはよいエピソードだったとは思うけれど、それ以上でも以下でもないような・・・・・。  だから、ローズがボートを断ってジャックの元にかけ戻るシーンとか、2人が場違いにもキャルと沈んでいく船内で追いかけっこをしているシーンなんかは観ていてほとんど心が動かないんですよね~。  どちらかと言うと「何、暢気なことやってんの?  あんたたち・・・・ ^^;」っていう感じがしないでもない。

 

アドルフの画集

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アドルフの画集 
2002年 ハンガリー/カナダ/イギリス 監督・脚本 メノ・メイエス


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1918年のドイツ。  第一次世界大戦終結後、ミュンヘンで2人の男が出会う。  戦争に参加し、右腕を失ったマックス(ジョン・キューザック)は画家への路を絶たれ、今は画商を営んでいた。  また戦地から引き揚げ画家を目指すアドルフ・ヒトラー(ノア・テイラー)だがその才能は開花せず、次第に政治運動に傾倒して行った...。

 ヒトラーが画家を目指していたという事実をもとに、マックスという画商と彼とを対比する形で描くあたりがおもしろい。  飄々(ひょうひょう)としたジョン・キューザックのマックスに対して、神経症的なアドルフに扮したノア・テイラーの演技が出色。  自らの内面をキャンパスに叩きつけようと悶え苦しむ様子から、エネルギッシュな演説で大衆を魅了し陶酔する若き日の独裁者の姿を熱く演じている。  肉体と精神に傷を負った男ふたりの、屈折した友情物語。(斉藤守彦)
                            アマゾン・サイトより転載  
  


だいぶ前に自宅近くの GEO で発見して以来、ずっと観たいと思っていたこの映画。  ようやく借りることができました。  アドルフとはかのアドルフ・ヒトラーさんのこと。  ("さん"付けなんてするとファシストだと思われちゃうかな?)  ヒトラーがドイツ独裁者になるずっと前、美術を志していたことは結構有名なお話だと思うのですが、そんな史実に架空のユダヤ人画商マックスを絡ませたストーリーということだったので、「もしもヒトラーが高名な画家になっていたら・・・・」なんていう空想を膨らませつつこの映画を観始めました。  でも、あれ??  あれれ???  ちょっとテーマは違うのかも・・・・ ^^;

原題は「Max」。  つまりヒトラーよりも Max が主役なんだね~、きっと。  でも誰が主役かなんていうのは、ことこの映画に関してはどうでもいいことのような気がします。  KiKi はアドルフ(つまりヒトラー)の狂信的ともいえるあの行動の背後にどんな思いがあったのか、ず~っとよくわからないと思っていたのですが、この映画を観て、「な~るほど、そういうことだったのかもしれない!」とある意味でスンナリとこのストーリーを受け入れちゃうことができました。

 

アミスタッド

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アミスタッド
2001年 アメリカ 監督・脚本:スティーブン・スピルバーグ


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奴隷船「アミスタッド」の中で暴動が起きた。  奴隷貿易の商品として船に乗せられた西アフリカ人53名をめぐる1840年代の裁判を、スティーヴン・スピルバーグ監督が映画化した。  アメリカの歴史をざっと知るにはこの映画を見ればいい。  作品の物語性や技術の高さに定評のあるスピルバーグ監督だが、『シンドラーのリスト』や最近では『プライベート・ライアン』でもそうだったように、その持ち味にこだわってはいないようだ。  どちらかと言えば、作品を美しい映像で飾り、感動を誘おうとしているように思える。  壮大なメッセージを込めたかったのだろうが、奴隷制度の描き方は単純で、月並みなものになってしまった。  登場人物は、ハリウッド映画におなじみの役割を与えられている。  「悪党」役に、スペイン人の奴隷商人を配置。  熱心なアボリショニスト(奴隷制度廃止論者)の描き方も一方通行で、側面は描かれていない。  そんな中、奴隷を輸送する中で起きる一連のシーンは、リアリティにあふれており残酷さをよく伝えている。  

『アミスタッド』は、法廷ものとして考えた方がよさそうだ。  若く理想に燃える弁護士(マシュー・マコノヒー)がゆがんだ政治システムと戦い犠牲者を助けようとする、よくあるタイプの法廷ものだ。  奴隷制度の描き方は、『E.T.』の設定にあてはめることができる。  アフリカ人による暴動のリーダーとなるシンケ(ジーモン・ホウンソウ)は、『E.T.』で言うところの宇宙人。  仲間とはぐれ、言葉の通じないところで家に帰る道を探すという意味ではそっくりだ。  砂に絵を描いて地理を尋ねるシーンや、表情を真似させてコミュニケーションを取らせようとするところなど、マシュー・マコノヒーは、さながら『E.T.』をかくまうエリオットだろう。  少年と迷子になった宇宙人の心の交流を描いたSFファンタジーでは文句なしに感動をよびおこした設定である。  しかし、複雑に絡み合った歴史という真実を扱うには弱かったと言わざるをえない。(Dave McCoy, Amazon.com)
                                 Amazon サイトより転載  
  


この映画の扱っている題材は史実です。  それだけにかなり残酷なシーンもあるけれど決して目をそらさずに見なくちゃいけないんだろうな~などと思いながら姿勢を正して(?)観始めたのですが、あまりにも多くの理不尽、不条理に目をそむけたくなってしまうことがしばしばありました。  映画冒頭のアミスタッド号内で起こった反乱のシーンはその悲惨さというよりは光のチカチカする映像でちょっと気分が悪くなりかかり、このまま最後まで観ることができるんだろうかとちょっと不安になりました。  どうも KiKi はああいう作りこんだ映像は苦手みたいです ^^;。  映画全体の作りとしてはやはりアメリカ映画(というかハリウッド作品)の典型的パターンの域を出ておらず、建国の精神に目覚めたアメリカ人がこの事件で被告となったアフリカ人を無罪放免にしてあげてよかったよかったというノリなんだけど、実際にはこの後もアメリカでは奴隷制度が続き南北戦争もこの後で、奴隷解放宣言もさらに後で、黒人差別の問題は今も現代アメリカに(ひいては世界に)根強く残っていることを忘れてはいけないと思います。  とは言うもののこの映画の焦点はこの「アミスタッド号の反乱事件に関する裁判」にあるわけで、奴隷制度の是非だとか人種差別の不条理みたいなお話とはちょっと切り離してあるんですよね。  まあ、奴隷制度そのものを語ろうとするのに映画の時間枠は短すぎると思うので、それはそれで致し方ないこと。  でも、KiKi はこの映画をきっかけにしてシンベたち53名のストーリーよりも「奴隷制度のストーリー」こそを考えなくちゃいけないんじゃないか・・・・・そんな風に感じました。  

それにしてもこの物語の発端となる奴隷船「アミスタッド号」。  このアミスタッドという言葉が「友情」を意味しているというのは何ともいえない皮肉です。  日本語には「名は体を表す」っていう言葉があるけれど、そして子供の頃の KiKi はどちらかというとそれを信じていた部分があるけれど、成長するにしたがって「美名の裏に隠れた悪事・陰謀」みたいなものにとっても sensitive になってきているので、この船名に何だかとても象徴的なものを感じます。  そして KiKi にとってもう1つとても象徴的に思えたことがあったんだけど、それはこの物語の主人公(?)シンベ君が奴隷として捕獲される際に、その捕獲行為を行っているのがスペインの奴隷商人その人ではなく、シンべ君と同じ黒人であるということ・・・・・。  人間って自分が生きるためならどんな残酷なことでもできちゃう生き物なんだなぁと改めて空恐ろしさを感じてしまいました。  又、過去にこの映画についてとある友人と話していたらその人に「俺、あの小説読んだことがあるんだけど小説の方が深いよ。  あれはやっぱり典型的なハリウッド映画だよね。  あの映画には描かれていなかったけれど小説では、シンベってあの事件の後、奴隷商人になるって知ってた?」とさらっと言われちゃったことがあるんですよね。  (実話かどうかは不明らしい。)  いつか小説で確認してみようと思いつつず~っとそのままになってしまっているので定かではないんですけど、もしもそれが本当だとしたら、この物語はやっぱり「正義に目覚めたアメリカ万歳!!」じゃなくて、もっと違う描き方をしなくちゃいけなかったんじゃなかろうか・・・・・などと思ってしまったり(笑)。

 

 

明日に向かって撃て!

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明日に向って撃て!
1969年 アメリカ 監督:ジョージ・ロイ・ヒル

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70年代初頭、全米を、そして全世界を駆け抜けたアメリカン・ニュー・シネマの波。  その一端を担い、「イージー・ライダー」「俺たちに明日はない」と共に衝撃的な青春像を描いた西部劇の傑作。  実在したアウトロー、ブッチとサンダンスが銀行強盗を繰り返す中で夢を追い求めて自由奔放に生き、それ故に時代に取り残されてゆく様を、「スティング」「ガープの世界」等、名作を作り続ける名匠ジョージ・ロイ・ヒルが時にユーモラスに、時にリリカルに描いてゆく。

この、ニューマンとレッドフォードの演ずる優しく、強く、そして哀しい男たちの姿は、いつの時代も共感を呼び、観る人々を魅了して止まない。  共演は、「卒業」のキャサリン・ロス。  名曲「雨にぬれても」を始めとするバート・バカラックの軽妙流麗なメロディが、全編を痛切に謳い上げ、新感覚のウェスタンに仕上げている。 
  


この映画は KiKi にとって思い出深い作品です。  と言うのも、KiKi がスクリーンで観た最初の映画がこれなんですよね~。  もっともそれは映画館でポップコーンをつまみながら観た・・・・なんていうオシャレなものじゃなくて、小学校の何かの行事だったか町のお祭りだったか記憶が定かじゃないんだけど、夏のある晩、ござとかビニールシートとか新聞紙の上に体育坐りをして、襲ってくる蚊の大群と悪戦苦闘しながらの映画鑑賞だったんですよね。  映画が始まる前は、体のあちこちにたかってくる蚊に辟易としながら映画を観にきたんだか蚊の退治をしにきたんだかよくわからない状況だったのが、映画の冒頭から鬱陶しい蚊の存在なんていうのはすっかり忘れ去りこの作品の世界にぐんぐんと引き込まれたことを今でもよく覚えています。  最初に観たのがこのあまりにもバランスのよい映画だったから、映画が好きになったという部分もあるような気がするんですよね。  最初に観たのが、もっと生々しい描写の映画だったり、重すぎる映画だったり、哲学的な映画だったり、ラブコメディだったりしたら、恐らく今の映画好きの KiKi はいないような気がします。  この映画の素晴らしいところ、それはユーモアと悲劇とロマンスが絶妙なコンビネーションで描かれているところだと思うんですよね。

会話にあふれるユーモアはあくまでもオシャレでイヤミもてらいもなく、悲劇性も昨今の映画のような「それ泣け、ほれ泣け、ここで泣け!」みたいなあざとさがなく、ロマンスにしてもあっさりさらりと描くだけ・・・・・。  要は作品全体のトーンに「品」があるんですよね。  アウトローを扱っていて字幕は「べらんめぇ調」なのに、そこに知性と品位を感じさせる摩訶不思議な映画だと思います。  で、知性と品位があるにも関わらず、お高くとまっているところもないんですよね。  例えて言えばドレスダウンのオシャレみたいな感じです。    この映画を観ていると、「ああ、伝説と言うのはこんな風に語り継がれていくものなんだなぁ。」と感じます。  

 

 

第三の男

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第三の男
1949年 イギリス 監督:キャロル・リード


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第二次世界大戦後、廃墟になったウィーン。  アメリカ人ホリーは親友ハリーに会いにウィーンを訪れ、間もなく親友の死を知る。  しかし、親友の死体を運んだという3人の男のうち、2人はわかったがどうしてもあと1人がはっきりしない。  親友の死に不審を抱いた彼は...。

ホリーの推理劇を通して、廃墟であったウィーンの暗黒の世界を浮き彫りにする。  故・淀川長治に「映画美術の算数」と言わしめたミステリーに満ちた映画。  また、映画のもつ芸術性と娯楽性が見事に融合した映画の教科書でもある。

 『市民ケーン』のオーソン・ウェルズは、悪役ハリーを存在感のある名演技で表現している。  アカデミー撮影賞、カンヌ映画祭グランプリを受賞した。  (齋藤リエ)
                                       Amazon サイトより転載 
  


この映画はね~、KiKi にとって Review するのが結構難しい映画なんですよね。  と言うのも、実は KiKi が英文学部の大学生だった頃、1年間かけてじっくりと読んだイギリス小説の1冊がこのグレアム・グリーンの「第三の男 (The Third Man)」 なんですよね~。  この映画(というより小説)の記述を当時のゼミ仲間とツンツンつつきまわしていた作品なだけに、純粋に 105分 の映像作品を観ただけの感想とは少し異なることをあれやこれや考えてしまう可能性大!!の作品なんですよ。  今回もこの映画を観ながら、ちょっとノスタルジックな気分になっちゃったり、当時の仲間たちとのあれやこれやを思い出したりで・・・・・(笑)。  でも、せっかく観た映画だし、何より素晴らしい作品なのでやはりここで Review を書いておこうと考え、今 PC に向かっています。

まずこの作品の主人公は誰か?というところからこの Review を書き進めていきたいと思います。  因みにアマゾンではオーソン・ウェルズ(ハリー・ライム)、ジョゼフ・コットン(ホリー・マーチンス)の順で名前がクレジットされています。  で、この2人の順番は時に入れ替わるのですが、多くの場合これにアリダ・ヴァリ(アンナ)が続きます。  でね、確かにオーソン・ウェルズの存在感はすごいものがあるんだけど、彼って前半はず~っと姿を現さないんですよね。  画面に出ずっぱりなのはジョゼフ・コットンの方。  じゃあ、KiKi が主役だと思うのはジョゼフ・コットンなのかと言えばそれも違って、KiKi が考えるこの作品の主役は第二次大戦後の廃頽したウィーンという街とその街を覆っている閉塞感だと思うんですよね。

ハプスブルク王家の首都として栄えたウィーンがかの大戦で瓦礫の山と化し、廃墟と下水道と戦火を潜り抜けてなぜか残った観覧車だけが目に付く、そんな風景はあまりにも鮮烈で、どんな反戦映画よりも「戦争とは何か」を映し出しているように感じます。  しかも舞台となる当時のウィーンは英米仏露の4ヶ国が共同統治しているという、全てが混沌としていて、何を信じて誰を頼ればいいのかさえよくわからない社会。  ハリーはそんな当時のウィーンという街の申し子みたいな人物です。  で、そんな状況下だから映画の中に様々な人種が交錯し、ヨーロッパ訛りの英語が飛び交っています。  昨今の映画のように誰も彼もが流暢な英語を喋り捲っていないのが、何ともリアルです。

 

 

赤ちゃんはトップレディがお好き
1987年 アメリカ 監督:チャールズ・シャイアー

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ニューヨク、マンハッタン。  J.C. ワイアット(通称タイガーレディ)はイェール大学を
トップで卒業し、ハーバード大学で経営修士号を取得、一流企業で働き、仕事に生活のすべてを
注ぐバリバリのキャリア・ウーマン。  そのタイガーレディのもとに遠い親戚から思いがけぬ
遺産が舞い込んできた。  だがその遺産は、大金ではなく、なんと13ヶ月のかわいい
赤ちゃん!  重役ポスト目前の大事な時に、慣れない育児に振り回され、恋人には逃げられる
は、部下に仕事を横取りされるは・・・とふんだりけったり。  果たしてタイガーレディは
この危機をどう乗り切るのか・・・・。

この映画は KiKi の大好きなコメディの1本です。  まだ学生だった頃、レンタルビデオ店でたまたま見つけ、ダイアン・キートンの主演というだけであまり期待せずに借り、1回観たらとっても気に入り、レンタル期間内に2~3回続けて観て、しまいには Video Library の1本にしようとセル・ビデオを購入。  その後、折にふれちょっと落ち込んだときや、忙しい生活の中でストレスを感じたときなどに繰り返し観ていました。  ところが数年前、ビデオデッキの故障により HDD 付き DVD Recorder を購入したのを機にそのビデオを処分(再生機がないのにソフトだけあっても仕方ないので)。  こんな映画があったことをすっかり忘れかけていたところ、つい最近 HMV でこの DVD を発見しました。  懐かしさとともに思わず手にとって、そのままレジへ直行しました。  

邦題「赤ちゃんはトップレディがお好き」はちょっといただけないけれど、作品自体はよくまとまっている良質のコメディ & サクセスストーリーだと思います。

物語の登場人物の1人 J.C. が勤務するコンサルティング・ファームの社長フリッツが J.C. に重役ポストを打診する際に「常日頃私は君のことを女だとは思っていない。  でも、この場合女性重役という言葉が気になる。  ・・・・  いろいろ犠牲を強いられる。  男はバリバリ仕事をしながら家庭を持てる。 ・・・・  男は恵まれている。  すべてを持てるわけだ。」と言うのに対し、「ご心配なく。  全てなんていらないわ。」と返答していた J.C. が物語の最後で「覚えてる?  フリッツ。  あの夜言ったわよね。  キャリアウーマンになるためには犠牲を覚悟しろと。  私は犠牲など払いたくないわ。  払う必要もないのよ。」と言うようになる。  初めてこの映画を観たとき(つまり学生時代)、そんな彼女の変化に清々しいものを感じるのと同時に、自分の中にあるある種の迷いに対する答えを得たような気持ちになったことを今でもよく覚えています。

 

 

スリーパーズ

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スリーパーズ
1996年 アメリカ 監督・脚本:バリー・レヴィンソン


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ほんのちょっとしたイタズラ心が災いして大事件になり、少年院に送られることになった4人の仲間。  なんと少年院で待っていたのは看守からの虐待と暴行。  十数年後、大人になった彼らのうち2人が偶然、看守と会って衝動的に殺害してしまう...。

少年院で味わった屈辱と悲痛な心を抱えたまま大人になった4人が、それぞれの方法で看守たちに復讐していく。  全米で実話か否かの論争を巻き起こしたノンフィクションのベストセラー小説を映画化した作品だけあって、本物の厚みが感じられる。  看守の1人、ショーン・ノークスの言動が、この物語を最高にスリリングなものにしているのも見逃せない。  60年代のNYを舞台に始まる4人の男たちの厚い友情を感じさせる。(近藤鈴佳)

「スリーパー」とは「州が管理する施設内で9ヵ月以上の期間収容される採決を受けた青少年犯罪者のこと」。  この物語は「スリーパーズ」となった4人の少年たちの血よりも濃い友情と、少年院で受けた心の傷を癒すための復讐の記録である。
                           Amazon サイトより転載  
  


久しぶりにこの映画の DVD を取り出して観ました。  そもそも KiKi がこの DVD を購入したのはあまりにも豪華なキャスティングに惹かれたせい・・・・(笑)  物語の語り手、シェイクスにジェイソン・パトリック。  彼の幼馴染の悪友たちにブラッド・ピット、ロン・エルダード(キャロルの恋人の消防士@ER)、ビリー・クラダップ(今度 Mi-3 に出るらしい・・・)。  そして彼らを子供時代から見守り続けるボビー神父にロバート・デニーロ。  (この DVD を購入した頃ぐらいまでは大好きでした)。  さらにさらに、ちょっとアル中の弁護士スナイダーにダスティン・ホフマン。  で、極めつけは4人が少年時代に収監されていた少年院の看守ノークスに、今や怪優 No.1 とも言うべきケヴィン・ベーコン。  まあ他にも色々いるんですが、配役紹介がメインじゃないので、それはこの辺で・・・・(笑)

これって元々1996年頃にアメリカでベストセラーになったお話が原作で、その原作者は元 NY Daily News の記者だったロレンゾ・カルカテラという方。  どうやらシェイクスは彼自身のことのようです。

映画冒頭の約30%ぐらいを使って4人の悪がき君たちの少年時代がじっくりと描かれます。  舞台は NY の下町、ヘルズ・キッチンというどちらかと言うとよそ者の吹き溜まり的な貧しくて暴力も横行しているようなそんな町です。  彼らの生活はどちらかと言えば劣悪な部類で、家庭も不安定(DV なんて当たり前・・・みたいな環境)でおよそ子育てには向かなそうな町なんだけれど、そんな町でもシェイクスたち4人はスクスクと育っていました。  4人はとても仲がよく、暴力がはびこっている町とは言え地域内の子供たちだけはその暴力から守られるべしという暗黙の了解があって、天真爛漫に消火栓で水浴びして遊んだり、ウェストリバーに飛び込んで泳いだり、バスケットや野球に興じたり・・・・なんていう毎日を過ごしていました。  でも、そんな環境だから当然のことながら、質の高い教育なんていうものは望むべくもなくて、そんな彼らの将来の夢もアメリカン・ドリームとは程遠く2人は聖職者になりたいなんていうことも考えているんだけど、それも顔見知りの懺悔を聞くことができるから・・・という何とも情けない理由からだったりするわけで・・・・・。  この時点でのこの4人は悪ガキだけどほとんど影はなく、でもまあ環境が環境なだけにどうなることやら・・・・という危惧しか抱かせません。

ところがこの少年達、ある暑い夏の日にちょっとしたイタズラをしようということになります。  4人のうちの1人がホットドッグ屋で万引きをする → 店主がその1人を追いかける → その隙に残りの3人がホットドッグや飲み物を失敬する という、まあ道徳的には問題があるけれど、ある意味では少年らしいイタズラと言ってもいいようなこと。  で、ちょっとだけ考えが足りなかった彼らは全員が逃げる余裕を作るために、そのホットドッグの屋台を地下鉄の階段のところまで持っていって、店主が追いついたところでそれを店主に持たせて逃げよう・・・なんていうことを考えてしまうんです。  でも、思いの外重かった屋台は店主が追いつく前に彼らの手を離れ、階段の下に転がり落ち、運悪くそこに来合わせた男性を押しつぶして重傷を負わせることになってしまいます。  この事件のために彼ら4人は少年院へ送られることになります。  ここでのシェイクスのナレーションが哀しいんですよね。

「俺達はホットドッグ屋を人間視していなかった。  敬意を払う必要のない人間だと・・・。  ギリシャから妻子を呼び寄せようと、懸命に働いている男だったのに・・・・・。  俺達にはそれが見えず、カモにしか見えなかった。」

彼らを少年院に運ぶ車に乗る前、シェイクスとボビー神父は2人だけで話をします。  両親の不仲をひたすら心配しているシェイクス。  そして彼は自分の両親に「何があっても自分は大丈夫」だと伝えて欲しいと言います。  これに対しボビー神父は「嘘をつけと頼んでいるのか?」と聞き、シェイクスは「いい嘘なんだから、いいだろ?」と答えます。  これが後の伏線となっています。

 

 

今日の KiKi は映画三昧。  ず~っと前に購入したきり1度も観ていなかったコスチュームもの映画を2本立て続けに観てしまいました。  1本目は「キング・アーサー」。  そしてもう1本は「アレキサンダー」です。  

 

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それぞれの映画 Review はそのうち「落ちこぼれ会計人の独り言」の方にアップしたい(できるかなぁ・・・ ^^;)と思うのですが、そのうちの1本「キング・アーサー」の舞台の荒涼たる風景を眺めていたら、KiKi の頭の中の連想ゲームは何故か

ハドリアヌス要塞 → ヒース → スコットランド

と動き始めちゃいました。  というのもね、この映画、いわゆる KiKi にとって馴染み深い「アーサー王と円卓の騎士物語」かと思っていたらさにあらず、その元ネタとも言われているハドリアヌス城壁守備隊長「アルトリウス・カストゥス」の伝承を元に作成された作品だったみたいなんですよね~。  で、ここで第1のキーワード「ハドリアヌス要塞」が出てきてね、次のヒースが出てきたのは、いつだったか NHK BS (だったと思う)で「ローマ皇帝の歩いた道」とかいうタイトルの番組をやっていて、その中で実際のハドリアヌス要塞のすぐ脇でヒースが咲いていた風景を見たんですよ。  で、ヒースといえばこれはもう芋づる式にスコットランドが出てきちゃう貧困なイマジネーションの KiKi。  そうしたら何だか無性に「スコットランド」に関係のある音楽が聴きたくなっちゃった ^^;  ま、てなわけで、今日の KiKi の1曲はこちらです。

ブルッフ スコットランド幻想曲 Op. 46
PHILIPS PHCP-1804 演奏:諏訪内晶子 (vn)、マリナー指揮 & アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ 録音:1996年7月

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ロビン・フッド

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ロビン・フッド
1991年 アメリカ 監督:ケビン・レイノルズ


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中世イギリスの民衆のヒーロー、ロビン・フッドの活躍を描いたアクション・アドベンチャー。  12世紀後半、十字軍遠征に加わった良家の出の戦士ロビンは、義兄弟となったムーア人の貴族アジームを連れてイングランドへ帰国。  だが、そこで目にしたものは祖国の変わり果てた姿だった。  十字軍遠征中の国王の留守に乗じて民衆を苦しめ、破壊と略奪の蛮行に走る悪代官。  ロビンの家族も、その一味に殺され、土地や財産を奪われていた。

お尋ね者となったロビンはシャーウッドの森の奥深くに潜み、復讐の機会をうかがう。  そこに、彼を慕って農民たちが続々と集まってきた。  強欲な貴族から財産を奪い、貧しい人々に分け与えるロビン。  一方で、彼は幼馴染の美しい女性マリアンと、愛情を育んでいた。  やがてマリアンが悪代官に誘拐されたとき、ロビンの怒りは爆発。  アジームを始めとする頼れる仲間たち、農民たちを引き連れ、愛と自由を懸けた壮絶な戦いに身を投じていく。  
  

昨晩、寝る直前に TV をつけたらいつかどこかで観たことがあるようなシーンが画面に映し出されました。  「あれ?  これって何だっけ?」と記憶の糸を辿りながらほんの少しだけ観ていたらこの「ロビン・フッド」であることが判明しました。  まあ寝不足になってまでして観たい映画ではないので、そのあとすぐにお布団に入っちゃったんだけど、「ああ、あの頃のケビン・コスナーはカッコよかったよなぁ・・・・。」などとちょっぴり感傷に浸り、そうしたら何だかとっても観たくなってウズウズしてきてしまったので、今日の映画鑑賞はこの「ロビン・フッド」と相成りました。

根っからのコスチュームもの好きの KiKi にとってこの映画は楽しく観ることができる映画の1本ですね。  KiKi は必ずしもケビン・コスナーのファンというわけではないんだけど、「アンタッチャブル」とかこの「ロビン・フッド」の頃のケビンは素直にカッコイイと思いますね~。  もっともケビン・コスナーのロビン・フッドには英国貴族としての格調高さや紳士然とした物腰は全く見受けられず(笑)、そういう意味では「う~ん、これは本当にロビン・フッドなんだろうか?」と感じずにはいられません。  でも、、ストーリーのテンポ感の良さやアクションシーンの痛快さ、そして脇役の豪華さで「ま、いいか。」と思えちゃう作品だと思います。  

それにね、この映画で何よりも KiKi の心をガッチリ捉えてくれたもの、それはシャーウッドの森だったりします。  詳しくは知らないんだけど、あれってきっとイギリスで撮影したんじゃないのかな?  仮にそうじゃなかったとしてもあれは絶対にヨーロッパの森だと思うんですよね。  KiKi は学生時代に2ヶ月ほどヨーロッパ(メインはイギリス)で過ごしたことがあるんだけど、ヨーロッパで何が1番印象に残っているかって「森の風景」ほど深く心に刻まれたものはないんですよね。  だからこの映画でシャーウッドの森が出てくると、仮にそれがどんなにつまらないシーンであったとしても、それだけでワクワクしちゃいました。  ああ、なんて気持ちよさそうな森なんだろう。  あの手作り感満載の家で1週間でいいから過ごしてみたい!!  自然と共生している彼らの生活に憧れのようなものを感じちゃいます。  もっとも今の KiKi はああいう所で過ごせるのはどんなに長く見積もっても1ヶ月だろうとは思うのですが・・・・・。  ああいう所はたまに行くからいいんだよね、きっと。

今日、KiKi が運営する姉妹ブログのブログサービス提供会社 269g のサイトを見ていたら、こんな情報をゲットしました。  

「ロミオとジュリエットの悲劇はここから生まれた、映画『トリスタンとイゾルデ』 - 史上最も美しい、禁じられた愛の物語」 - 公式サイト

ほほぉ!と思ってじっくりとサイト内を読んでみたら、なかなかよさげな雰囲気なのでこの場を借りてちょっとご紹介しておきたいと思います。

製作・総指揮:  リドリー・スコット (「グラディエーター」が有名)
監督:      ケヴィン・レイノルズ (「ロビン・フッド」が有名)

もうこれだけでも見応えありそうだと思いません??  今秋(って、具体的にはいつ公開なんだよ?)から日比谷みゆき座あたりで公開される予定のようです。  公式サイトにあるダウンロードできる画像はこんな感じです。


image_1s.jpg     image_2s.jpg      image_3s.jpg

 

 ね?  何だかものすご~くそそられませんか??  ワーグナーのオペラの敷居は何となく高いなぁと感じていらっしゃる方、こういう映画あたりから親しんでみるのはいかがでしょうか??  因みに↑でご案内している公式サイトにはこの物語のあらすじや予告編のトレイラーなども紹介されています。  どうやら、ワーグナーによってはしょられちゃう前の純正「トリスタンとイゾルデ物語」のあらすじのように見受けられます。

ついでにこのサイトにある「あなたが本当に求めている愛の形とは? 恋愛占い」なるものにチャレンジしてみました。  何でも「4つの質問に答えるだけで、あなたの深層心理にひそむ恋愛願望と、そのあなたと同じ愛の形を持っていた歴史上の人物が診断できる、スペシャルコンテンツ」なのだそうです。  で、KiKi の場合は・・・・・・。





破滅的な愛(クレオパトラの愛)




なのだそうです。  いや~、そんなことないと思うんだけど・・・・ ^^;  破滅的なのはイヤだぞぉ~!! 

以上、今秋公開の映画のご紹介でした。

 

ルートヴィヒ~神々の黄昏

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ルートヴィヒ 神々の黄昏 完全復元版

1972年 伊・西独・仏合作 監督:ルキノ・ヴィスコンティ

3187MYZ0RQL__SL500_AA140_.jpg  (Amazon)

 

この映画は巨匠ルキノ・ヴィスコンティの代表作として名高いが、と同時に歴史と文学で土台を固めて人間を描くことを特徴とするヨーロッパ映画界の不滅の財産である。  狂王ルートヴィヒの常軌を逸した生活と屈折した愛を描き、全篇に歴史の重さと貴族的な香気が横溢し、アメリカ人には製作不可能なもう1つの世界がある。  キャスト、スタッフに粒よりの人材を起用し、歌舞伎に通ずる様式美とヨーロッパの歴史を踏まえた荘厳かつ絢爛豪華な内容は、一大絵巻の趣である。  ヘルムート・バーガーの古典的な容貌と耽美的な雰囲気、ロミー・シュナイダーの美しさと品格は絶品だ。  贅を尽くしたセットと秀逸なカメラ・ワークに目を奪われる。  

ときは1864年、若きルートヴィヒ(バーガー)はバイエルン国王として即位した。  若き王は心酔する作曲家ワーグナー(トレヴァー・ハワード)を援助し、彼に倒錯した愛を感じていた。  だがワーグナーは大作曲家リストの娘で友人の妻、コジマ(シルヴァーナ・マンガーノ)と不倫の関係にあった。  ルートヴィヒはゾフィ(ソニア・ペトローヴァ)と婚約するが、彼女の姉のエリーザベト(シュナイダー)に惹かれていた。  結婚に踏み切れない彼は、従僕や男優に愛を求めた。  やがて現実から逃避するルートヴィヒの狂気はエスカレートし、世間の批判の矢面に立たされる。  女は勿論、男の愛も成就せぬ彼の容貌は衰え、遂に退位を迫られる。  1886年精神錯乱で死亡、享年40歳。  稀に見るゴージャスな映画である。  (DVD パッケージの解説より転載)

 

この映画は KiKi のお気に入りの1作です。  KiKi は個人的にはこの悲劇の王様に学生時代から強烈に惹かれていた部分があって、この映画を最初に観たのも大学生の時だったのですが、ヴィスコンティの耽美的な世界に、ヘルムート・バーガーの中性的な美しさに、そしてロミー・シュナイダーの美貌と気品に一発でノックアウトされてしまいました。  でもね、全篇でおよそ 4時間 という超大作映画なのですよ。  だからこれを観るときにはそれなりに覚悟(?)が必要で、KiKi も大好きな映画とは言うものの、これまでの人生の中でまだたった5回しか通して観たことがありません ^^;  でもね、今年はモーツァルト・イヤーでもあるけれど、ヴィスコンティの生誕100周年でもあるのだそうです。  で、渋谷のテアトルタイムズスクエアではこの10 月にこ~んな催しがあるのだとか・・・・。  それに触発されて(?)今日は久々にこの映画を頑張って鑑賞してみることにしました。

まずこの映画のトリビア的なお話をしておくと、この作品はヴィスコンティ監督のドイツ三部作(又の名を退廃三部作)の1本と数えられています。  因みに残りの2作は「地獄に堕ちた勇者ども」「ベニスに死す」です。  監督のルキノ・ヴィスコンティは1906年にイタリアのミラノで10世紀に起源を発する貴族の家に生まれたお坊ちゃまです。  この家系、13世紀からはミラノを領有してきたという正真正銘の大貴族。  ルキノのおじいちゃんはミラノ・スカラ座のパトロンでした。  だからルキノ君は幼少時代から芸術・文芸援護の精神的土壌の中で育った人なんですよね~。  そんな子供時代を過ごしたルキノ君だけに「ベニスに死す」では原作者のトーマス・マンが主人公を小説家として描いたにも関わらずマーラーを意識した作曲家に変えちゃったりしているし(マーラーの「アダージェット」を有名にした映画ですよね)、この作品ではワーグナー芸術擁護に全人生のみならず王国までかけちゃったこの悲劇の王様をとりあげたりしているっていうのは何となく理解できるような気がします。

 

  

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